第17話 朝倉莉奈の過去
「私ね、今の高校は今年の四月から通い始めたんだけど、それまでは清風高校っていう所に通ってたの。それで去年の夏休み、友達と遊んでる時にナンパにされて……」
「それがあの二人?」
「うん。丁度友達がトイレに行ってる時だったから、一人の時に声を掛けられてね。しつこく誘ってきて困ってる所を友達が助けてくれて、なんとか逃げたんだけどすぐに通ってる高校がバレちゃったんだ。私服だったのに」
あいつらのことだ。もしかしたら声を掛ける前か、掛けた後のどこかのタイミングで携帯で写真を撮っていたのかもしれない。失敗した後の保険とするなら声を掛ける前か。
「そこから執拗に学校へ来たり、帰り道に待ち伏せされたりしてさ……いつ出会ってしまうかわからなかったから、こっちは複数人で帰ったり、遠回りして帰って回避してたんだけど、一日だけ友達に用事があったりしてどうしても一人で帰らなくちゃいけない日があったんだ。そんな日に限って出会っちゃってね」
「その時に何かされたの?」
「手を掴んで来たから、私も必死に抵抗したんだけどその時につい手を出しちゃって。そしたら向こうが逆上して襲ってきたの。でも偶然通りかかった大人の人が警察を呼ぶフリをして助けてくれたんだ」
今の所あの男たちがやりそうな展開ばかりの話で、聞いてるだけでほとほと呆れてしまう。ホント同じ人間とは思えない。
「その数日後からかな。クラスで私に嫌がらせが始まったの。最初は小さい嫌がらせだったんだけど、だんだん酷くなっていって」
「もしかしてその嫌がらせの原因もあの男達ってことか?」
「うん。クラスの人を捕まえては暴力で従わせて、私を苛めるように命令してたみたい。クラスの女の子の中には私を良く思ってない人もいたから、嫌がらせを受けている私を見て便乗してきた人もいたかな」
「朝倉さんのどこに悪く思われる部分があるんだよ? 優しい性格じゃないか」
いやまぁ、確かに世の中には色々な人がいるわけで、どんな完璧な善人でも全ての人から好評を得られる人間というのはまず存在しない。人から好かれる理由も、嫌われる理由も存外適当だったりするものだ。
「私、けっこう男の子から告白されることが多かったんだけど、全部断ってきたからそのせいかもしれないね。調子に乗ってるって思われてたのかも」
「でもそんなの朝倉さんの自由じゃないか。告白されたら断ったらいけないなんてルールもないし」
そんなルールがあったら、俺は過去に一体何人の女の子とお付き合いができたことになるだろうか。
「それでもそう思わない人がいるのも事実だよ。私、人を好きになるっていうのが良く分からなかったの。好意を向けられるのは確かに嬉しいよ。でも、何年も一緒にいた男友達に対しても恋愛感情がでなかったのに、会って間もない人達から告白されてもよくわからないよ」
なるほど。そういえば朝倉さんがモテるという話題を出した時に、あまり良い顔をしていなかったのはこういう気持ちがあったからだろう。モテる人の悩みというやつか。俺は告白した回数分心に傷を負っていたが、朝倉さんは朝倉さんで告白された回数分悩んでいたのか。まぁ告白を断るというのもなかなかに精神的にしんどいだろう。
「そういうこともあって、最終的にはクラスのほとんどが私の敵になっちゃった」
「ほとんどって……」
「最後まで私と仲良くしてくれようとした友達がいたんだけど、クラスの誰かがそのことをあの二人に言って、友達に危害が及びそうになったから私は転校という選択とその友達との関係を完全に断ち切る選択をしたの」
「それでも状況が変わってないってこと?」
「あはは……転校した先にあの二人が居たんだよね。親の仕事の都合上、遠くの学校に行くことができなかったから、家から近い別の学校を選んだんだけど……なんなんだろうね……神様も酷いよね」
酷いなんてものじゃない。神様までも敵になってるじゃないか。
「そこからはまた同じ繰り返し。今ではクラスで私の味方をしてくれる人は誰もいない。でもそれは仕方ないよ。私を苛めなきゃ自分達が酷い目に遭うんだもん。親とも成績が悪くなったことが原因で関係が悪くなって、今では口も利かなくなっちゃった」
クラスの人だけじゃなく親にも見放されるというのは一体どれほど辛い事だろう。俺は胸が締め付けられるような思いでいっぱいだった。
「じゃあ朝倉さんが勉強できなかったのは嫌がらせによるものだったのか」
「教科書が読めないくらい酷くてね。新しく買ってもまた駄目にされるくらいなら買わない方が良かったし。でも今回、楠川君たちと勉強会をするってなって急いで新しく注文したの。頑張って勉強したけど裏目にでちゃったね」
「そういえば二回目の勉強会の時、ちょっと違和感があったんだよ。朝倉さんが持ってきた教材、表紙は同じなのに内容が前回見た物と違ったような気がしたんだ。俺の勘違いかもと思ったけど、今の話で確信した。カバーだけ変えたんだな」
「バレてたんだ……一回目と二回目で教材が変わってたらおかしいから、カモフラージュのつもりだったけど、楠川君の目は誤魔化せなかったね」
あはは……と苦笑を浮かべ頬をポリポリと掻く朝倉さん。
「それで、学校にも家にも居場所がなくなって、卒業するまでこの生活が続くのかって考えたら私って何の為に居るんだろって。私のせいで周囲の環境が悪くなるなら私は居ない方がいいんじゃないかって。だからもう全部終わらせようと思ったの」
「それで俺と河川敷で偶然会ったというわけか」
「私きっと酷い顔だったでしょ?」
「まぁ生気がなかったな。でもそれは俺も同じだったよ。あの日俺は朝倉さんの言った通り泣いてたんだ。否定したけど」
「楠川君の顔もだいぶ酷かったね。私を完全に敵視してたし」
「今思うと申し訳ない事をしたと思ってる」
今の朝倉さんからの話を聞いた後だと、当時の俺は本当に最低な奴だと思う。その時の俺をボコボコにしてやりたい。
「でも数か月ぶりに同年代の人と話ができたのが凄く嬉しかった。私を見てくれる人をみつけたって。死ぬつもりだったから声をかけてどういう結果になっても悔いはないって思ってたから」
「じゃあもし俺が朝倉さんに会いに行ってなかったら?」
「三日目くらいに御臨終でした」
危なかった! 俺の罪悪感グッジョブだ。
「だから楠川君には二回も命を救われちゃったね」
「あぁ本当に無事で何よりです」
と、ここで俺はふと思った。今回の八回目の高校生活で朝倉さんと出会うことができた。だがこれまでの七回の高校生活では俺の知らない所で、朝倉さんは辛い目に遭い、苦しみ。そして命を絶っていることになる。俺は朝倉さんにそんなことを七回も経験させてしまったのか。救ってあげたい、今の朝倉さんを。そんな強い意思が俺の中に芽生えた。
「でね、今の楠川君は私にとって凄く大切な人。あの日、楠川君に会ってなかったら今の私は居なかった。出会ってから凄く楽しくて、楠川君の優しさに甘えてたのかもしれない。でもそのせいで今回楠川君が酷い目に遭ってしまった……だから……だからね……」
俺はこの時直感で分かった。朝倉さんの表情、場の空気、そして俺の胸が一瞬ざわついたのを感じ、次に出てくる朝倉さんの言葉が俺にとって、きっと耐え難い言葉であると。
「私たちもう会わないようにしよう」
朝倉さんからそう告げられたのだった。
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