第16話 独善者
「それで、そいつ誰よ?」
金髪の男が朝倉さんに問いかける。朝倉さんは男二人を見た瞬間、血の気が引いたかのように顔が真っ青になっていた。
「な……なんでここに……」
「俺たちがここに居たらいけねぇの? んなことより、そいつは誰かって聞いてるんだけど?」
今度は青銀髪の男が問いただす。高圧的な態度にもはや質問というよりは尋問に近かった。朝倉さんは下唇をキュッと噛み、何と答えようか迷っているようだった。
「し、知らない人……」
「はぁ? 知らない人? 知らない人と相席でポテト食ってんのお前」
朝倉さんは肩を震わせながら、さっきまでの笑顔が完全に消えていた。明らかにこの男に怯えている様子だ。この男達とどういう関係なのかは分からないが、このままでは朝倉さんの身が危険かもしれない。
「その子の言ってることはホントですよ。俺がつい相席しちゃっただけなんです。キミ、もう帰るって言ってたよね? 電車に乗り遅れたらいけないからもう行きな」
俺は男達にそう説明した後、朝倉さんの方を見た。目でここは俺に任せて逃げろという意味を含ませて。
「はぁ……お前ら揃いも揃ってそんなんで誤魔化せると思ってんのか? なぁ!」
金髪の男が手の平で机を思い切り叩く。その音に朝倉さんの肩がビクっと反応する。
「こっちはお前らが他人同士じゃねぇって情報はもう入手してんだ。夏休みに花火大会で仲良く歩いてる所を見た奴がいるんだよ」
「あとお前、俺らの高校に来てたよな? その時何て言った?」
今度は青銀髪の男が俺に詰め寄り問いかけてきた。
「一緒にいたデカブツの友達を待ってるって言ってたよな? そいつに今日問いただしたらお前らに会ってねぇって言ってたぜ?」
「…………」
俺は何も言えなかった。この男達は全てを知っていた上で、俺と朝倉さんがこの男達の質問に何と答えるか試していたのだろう。そして俺と朝倉さんが嘘の返答をしたところで、その意見を完全に覆す材料を次々と出してくる。相手を精神的にじわじわと追い込み、逃げ出すことも許さず、絶対的に優位なポジションを作り出す。
「なぁおい、何とか言えよ」
次の瞬間、青銀髪の男が俺のお盆に載っていたドリンクを手に取りフタを外してから、俺の頭にドリンクをかけてきた。髪が一気に濡れ、顔全体を水分が流れ落ちていく。そして俺の衣服や床がびしょびしょになり、カップに入っていた氷が床に散乱する。おいおいマジかよ。こんなこと平気で出来るのか。頭おかしいだろ。
店には他の客がポツポツといるが、こちらの様子をチラ見しながらも我関せずを決め込んでいる。まぁ当然だろう。下手に関われば今度は自分の身が危なくなる。こういう場面で助けに入れる人間など限りなく少ないだろう。だが、俺はそれらの人間を薄情だとは思わない。俺の目の前に居るこいつらの方が何万倍も冷酷だからだ。
「楠川君!」
朝倉さんが勢いよく席を立ち、俺に駆け寄ってきた。すぐさまポケットからハンカチを出し、俺の顔にハンカチを当ててくれる。
「へぇ~そいつ楠川って名前なのか。覚えとくわ。つうか女に助けられるとかダセぇ奴だな」
「朝倉、お前俺の告白を何回も振っておいて、結局そんな冴えない奴が好みだったのか? ショックだわ~。悲し過ぎて俺は何するかわかんねぇなこりゃあ」
「やめて! 楠川君は関係ないでしょ!」
金髪男の言葉に怒りを露わにする朝倉さん。
「関係があるかないかなんて、そんなことどうでもいいんだわ。俺はただ俺を選ばなかったお前が他の男と仲良くするのが許せねぇだけだ。お前が楽しそうにしてるのがムカつくだけだ。お前が不幸でないと俺の傷が癒えないんだわ」
この男はさっきから何を言っているんだ? 告白を断られただけのことで、朝倉さんを苦しめているのか。俺なんて過去に何回振られたことか。振られる以上の仕打ちを何回も経験した。その結果、自暴自棄になった。女の子を嫌いになった。それでも変わることができた。朝倉さんのおかげで。
なのにこの男は振られた恨みを憎しみを、振った相手を不幸に陥れることで心を満たそうとしている。こんな奴が世の中にいるのか。こんなゴミみたいな人間が……いや、みたいじゃない。ゴミそのものだ。こんな男と同列にされたゴミには申し訳ないけども。
「なのに今回の試験で良い点取ったり、裏でこんな奴と会って一緒に花火大会に行ったり、まだ痛い目を見るのが足りなかったか? それと楠川、俺はお前とデカブツに忠告したよな? 朝倉莉奈に関わろうとするなら痛い目に遭うから気をつけろってよ。そんな目に遭うのは俺の忠告を守らなかったお前が悪いんだぜ。自業自得だ」
もう言っていることが滅茶苦茶だ。こいつは世界が自分中心で回っていると思っているのか、それとも自分中心に回っていないと気が済まないのか。きっと両方であろう。まさに独善的な考えだ。
「朝倉、そいつが大事だっていうならこれ以上酷い目に遭って欲しくないだろ? お前が俺の女になるって言うなら、そいつは見逃してやるよ」
「何で……私なの? 他にも女の子は沢山いるでしょ? あなたを好きになってくれる女の子をみつけたら良いだけじゃない」
「俺は俺の欲求さえ満たされれば別に良いんだよ。俺の言う通りにしてくれるだけで、それだけでいい」
「おい朝倉、将がチャンスをくれるって言ってるんだぞ? さっさと選べよ。将の女になるか、その男も痛い目をみるか」
「じゃあ、俺がてめぇらをぶっ飛ばすわ」
次の瞬間、男達の背後に現れた人物が、二人に腹パンを食らわせた。
「……っおう……」
「……んぐっ……」
突然の奇襲に男達は堪えきれず、床に膝をついた。
「てめぇら、俺の親友と莉奈ちゃんに何してんだ? あ?」
「太一、なんでここに?」
男達に腹パンを食らわせた人物は、太一だった。
「翔真から連絡があった。ヤバい先輩から、夏休み前に俺とその連れに学校で会ったかって聞かれて、会ってないって答えたら凄い剣幕だったってな。それで今日莉奈ちゃんと会う約束をしてるくっすーが危ねぇかもしれんと思って、急いで来たんだが……どうやら間に合ったようだな」
「いや間に合ってないけど。俺全身ずぶ濡れなんだけど。お店の床もびしょびしょなんだけど」
こんな状況でも冗談を言ってくるあたり、さすが太一だ。
「とりあえず、こいつらは俺が足止めしといてやるから。くっすーは朝倉さんを連れて逃げろ」
「でも太一、一人で大丈夫なのか?」
「当たり前だろ。どれだけ身体を鍛えてると思ってるんだ? 上級生だろうが二人を相手するくらい楽勝だ」
「悪い、太一。行こう、朝倉さん」
「でも古賀君が……」
「莉奈ちゃん、俺なら大丈夫だから行きな」
心配そうな表情を浮かべる朝倉さんに、笑顔で応える太一。
「太一、この借りは身体で返す」
「くっすーの身体とかいらねぇよバカ。さっさと行け」
「古賀君ごめんね。ありがとう」
「おうよ」
俺は朝倉さんの手を引き、走ってお店を出た。
とりあえずどこに逃げるか考える。このまま駅に行って朝倉さんを電車で送るか。いや、すぐに発車する電車がなかった場合に駅で待ってる所にさっきの男達と出くわしてしまったら本末転倒である。かといって別の所を探すとしても、飲食店や娯楽施設なんかに入っている場合ではないし、公園とか遠くからでも姿が見えるような場所も危険だ。とにかく、安全で、落ち着いて話ができる場所。思い当たるのは俺の家しかないな。
「朝倉さん、とりあえず俺の家に行こう」
「……うん」
家に到着し玄関を開けて中に入る。
「ただいま」
玄関のドアが開く音に気付いた母さんが、キッチンから出てきた。
「おかえり修。あら? 朝倉さんいらっしゃい」
「こんばんは」
「母さん、急で悪いんだけど、今日朝倉さんを泊めてあげてくれないか?」
「ホントに急ね。でも何でまた? 明日学校があるんじゃないの?」
「それはそうなんだけど……」
「だいたい、ちゃんとした理由もなく、まだ学生の女の子を家に泊めるわけにはいかないわよ?」
母さんの言い分は正しい。でも何と説明すれば……正直に悪い男達に朝倉さんが狙われているから泊めてほしいとでも言うか? でもそうしたら、今度は何でそんなことになっているのかの理由を聞かれるかもしれない。朝倉さんに振られた男が逆恨みをしてつきまとってくると説明するか。嘘を言っているわけではないのだが、果たしてこの理由が、朝倉さんを家に泊める理由に値するものなのかが分からない。
「理由は今は言えない……でも朝倉さんの為なんだ」
俺は考えるのを辞めた。
「そんなの理由にならないでしょ」
「頼む母さん! 一生のお願いだ!」
いつになく真剣な表情で頼み込む俺に、母さんは溜息を吐いた。
「はぁ……よく分からないけど、今日ウチに泊めてあげることが今朝倉さんにとって本当に必要なことなのね?」
「あぁ」
「わかったわ。とりあえず、私から朝倉さんの両親にそれとなく説明するから、家の電話番号教えてくれるかしら? そのかわり、明日の朝駅まで送ってあげるから学校にはちゃんと行きなさいよ。わかった?」
「はい。ありがとうございます」
母さんの言葉に深々と頭を下げる朝倉さん。
母さんは朝倉さんから家の電話番号を教えてもらうと、早速電話をかけそれっぽい理由を並べて何とかお泊りの許可を得ることができた。もちろん同年代の男はいないと伝えてある。
俺としては明日の学校は休ませたかった。今日のことで明日朝倉さんが学校に行って何をされるかわからない。あの男達も通っている学校だ。不安で仕方ないのだ。だが、母さんとの約束で泊める代わりに学校にはちゃんと行くと約束してある。明日の朝、朝倉さんは普通に母さんに駅へ送られるだろう。そこから学校へ行くかどうかはもう朝倉さんの判断に任せるしかない。俺が一緒にサボっても良いのだが、また一緒に居るところを目撃されないとも限らない。何だか、凄くややこしいことになってしまったような気がする。
とりあえず、朝倉さんを俺の部屋に案内する。
「……楠川君、ごめんね」
部屋に入って座るなり、朝倉さんが謝ってきた。体育座りの姿勢で顔を膝に埋めていた。
「何で朝倉さんが謝るんだよ。悪いのは完全にあいつらじゃないか。言ってることもやってることも頭おかしいだろ。今日あのお店で会ったのだって絶対偶然じゃない。おそらく朝倉さんの跡をつけてたんだと思う」
「……うん……きっとそうなんだろうね……でもそのせいで楠川君と古賀君を巻き込んじゃった」
「ねぇ朝倉さん、もし良かったら聞かせてくれないか。これまでに何があったのか。実は今日はその話が聞きたくて朝倉さんに会おうって言ったんだ。キャンプの時に言ってたろ? 俺と会ったあの日、本当は死ぬつもりだったって」
朝倉さんは膝に埋めていた顔をゆっくりと上げた。
「……わかった、話すよ。聞いてくれる? 私の死にたがってた理由」
そして過去に起こった出来事を話始めた。
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