第15話 遭遇
気付けば楽しい夏休みはあっという間に終わり、新学期が始まった。クラスでは夏休みの間にカップルになった者、部活でなのかそれとも海や山に行ったからなのかは分からないが、すっかりコッペパンのように日に焼けてしまった者、何やら頭を抱えてまるで夏休みの間に何も思い出を作れず後悔してますオーラが出ている者等、約一ヵ月ちょいぶりのクラスメイトの姿があった。
あちこちで夏休みの思い出話をする声が聞こえ、夏休みが終わってもまだその余韻を感じさせるような雰囲気が教室中に漂っていた。
だが、いつまでも夏休み気分でいる訳にはいかない。最初こそ、長期の休み疲れから身体が怠くて授業が億劫に感じるだろう。しかし、学生の本分は勉強である。気持ちの切り替えが大事なのだ。
ホームルームが終わり、早速一時限目の授業が始まった。一時限目から社会か……よし! 頑張るぞ。
「日本国憲法の三つの原理、答えられる人いるか? 手が挙がらないようなら先生が指名するぞ。よーし……楠川、答えて見ろ」
「ふぁい、焼きそば、りんご飴、フランクフルトです」
「ふざけてるのか? 誰が食べ物の名前を出せと言った? 罰としてもう一問答えて見ろ。一九四五年に、日本が連合国に降伏した際に受け入れたものは何だ?」
「ふぁい、恋人繋ぎです」
「楠川、お前はさっきから何を言っているんだ。まだ夏休み気分が抜けていないのか? しっかりしろよ」
「ふぁい」
俺の頭は壊れたままだった。
昼休み、俺は太一に相談があると言い、一緒に屋上に来ていた。
「……はぁー…………はふぅーん…………はぷぅーん……」
「おいくっすー、その気持ちの悪い溜息を止めろよ。弁当が不味くなるだろ。おまけに俺の幸せまで逃げそうだ」
「あぁ……悪い太一……ははふぅーん……」
「相談があるって言うから来てやったのに、お前は俺に二酸化炭素を吐きかける為に呼んだのか?」
太一と向かい合って座りながらお弁当を食べているので、俺の溜息は太一の方へと飛んでいた。とても嫌そうな表情で俺の溜息からお弁当を必死にガードする太一。
「そうだった、太一に相談があるんだよ」
「くっすーの相談とやらは、その気持ち悪い溜息とか、授業中の珍解答とかと関係があるのか?」
「いや俺さ、夏休みの間に気付いてしまったことがあるんだよ」
「気付いたこと? 何にだよ?」
太一が怪訝そうな顔で聞いてくる。
「実は……」
俺はお茶をくいっと一口飲み深呼吸をする。
「何というか……」
いざ口に出そうとすると緊張により口が渇いてしまう。再度お茶で口を潤す。
「つまり……」
お茶を飲む手が止まらない。
「どんだけ飲むんだよ!? 昼休み終わっちまうぞ!?」
俺はお茶を一気に飲み干し口を拭った。
「朝倉さんが可愛いと気付いてしまったんだ」
その場に数秒ほどの沈黙が訪れる。俺の言葉を聞いた太一は目が点になって固まっていた。
「え、今更!? 今更気付いたのか!? どんだけ気持ちに時差があるんだよ!」
「いやまぁ、それには訳が……」
太一が驚くのも無理はない。俺だってこんなことになるなんて想像もしていなかったのだから。
「それで莉奈ちゃんを可愛いと思ってしまい、好きになったと?」
「そこまではいってない。ただ可愛いと思っただけだ」
「それだけであんな状態になるか?」
「いや違うんだよ、俺もどうすればいいのか分からなくて混乱してるんだよ」
朝倉さんは可愛い。それはもう俺の中で確定事項である。だがしかし、そこから先の感情はどうしても俺の脳が拒絶している。辛い経験がストッパーとなって、どうしても裏を探ってしまう。分かるはずのない未来を勝手に悪い方に想像してしまう。振られたらどうしよう、捨てられたらどうしよう、陥れられたらどうしよう、それらの恐怖が俺にもう一歩を踏み出させない。俺の心に鍵を掛けているのだ。
そんな状態で朝倉さんから手作りクッキーを貰い、一緒に買い物をして、一緒に花火を見た。手を繋いで。そりゃあ色々な考えが巡り巡って脳がパンクするというものである。
「俺にはくっすーが何に悩んでいるのかわからねーな。可愛いと思ってるんなら少なからず好意を向けているってことなんじゃねぇの?」
「うーん……」
「こりゃあ埒が明かねぇな。とりあえず、くっすーからもっとアプローチをしてみたらどうだ? 今は莉奈ちゃんを可愛いと思っているだけかもしれねぇが、いずれその感情が好きに変わるんじゃね?」
「ていうか太一は俺と朝倉さんが仮に付き合ったとしてそれはそれで良いの?」
「半々だな。なんか腹立つ」
「なんだよそりゃ」
「でも俺はくっすーが良い奴ってのはよく知ってるからな。まぁ頑張ってみろよ。早速、今日でも会ってみればどうだ?」
「そうだな。そういえば駅の近くに新しくハンバーガー屋ができてたし、そこで待ち合わせでもしようかな」
結局、花火大会以降は朝倉さんとは会っていない。それに一度朝倉さんにちゃんと聞いておきたい話があるのだ。今日会う約束をするのは丁度いいだろう。
そうと決まったところで俺はすぐさま朝倉さんにメッセージを送る。
『朝倉さん久しぶり。急な話なんだけど今日って会えたりする?』
すると、直ぐに朝倉さんから返事があった。
『楠川君久しぶり、花火大会以来だね。今日大丈夫だよ』
『こっちの駅の近くにハンバーガー屋ができたからそこで待ち合わせしよう。駅から見えるからすぐわかると思う』
『わかった。学校が終わったらすぐ行くね』
待ち合わせの約束を終わらせ、携帯の画面を見ると昼休みが終わる十分前だった。俺は慌てて弁当を一気にかきこんだ。
放課後、俺は一足先に待ち合わせ場所のハンバーガー屋の前にいた。
久しぶりに会う朝倉さんに内心緊張しながらも、会えることに対して嬉しいと思っている自分がいる。それはあくまで朝倉さんを可愛いと思っているからで、可愛い女の子と会うのは男なら誰だって嬉しいだろう。この感想を数か月前の俺が聞いたら一体どう思うだろうか? 数か月前の俺が棘の出たフグなら、今の俺は棘の無いフグだ。まんまるである。
しばらくして朝倉さんの乗った電車が到着する時刻となり、ほどなくして朝倉さんが駅から出てきた。
そのまま真っ直ぐにハンバーガー屋目指して歩いてきた。お互いに姿が視認できたところで朝倉さんが手を振ってきた。
可愛い。制服姿の朝倉さんも可愛い。以前はそんなこと一言も思わなかったのに、可愛いと認識するだけでこうも違って見えるのか。
「お待たせ」
「悪いね、来てもらって。せっかくだから店で何か食べようか。来てもらったから俺が奢るよ」
「いいの? あ! 今日はちゃんと財布は持ってる?」
「持ってるよ。さすがに同じ失敗はしない」
「あはは、懐かしいね。あれも良い思い出だよ」
二人でハンバーガー屋に入っていく。
そんなにガッツリと食べるつもりはないので、軽くポテトとドリンクを二人分注文し、商品を受け取ってから席に着く。
「それで今日はどうしたの? もしかして私に会いたくなっちゃったとか?」
「まぁな」
「あれ? 何だか素直だね」
「ついでに朝倉さんに聞いておきたいこともあったから」
「何?」
「ここでするような話じゃないかもしれないから、後で場所を変えよう」
「えー何だろ、気になるなぁ」
ポテトを食べながら話をしていると、こちらに人が近づいて来る気配を感じた。
「よぉ~朝倉。こんなとこでなにやってんの?」
声のした方を見るとそこには、見覚えのある男二人が立っていた。青と銀髪が混じったような特徴的な髪色をした人相の悪い男。そしてもう一人は派手な金髪の髪色をした、こちらも見た目がどこからどう見ても不良と言わんばかりの外見をした男。
桜野丘高校で出会った四人グループの内の男二人が俺の目の前に立っていたのだった。
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