第13話 二人で買い物



 朝倉さんのクッキーを一通り堪能した後、俺は母さんから頼まれた買い物へ行くことにした。一階へ降り、購入する物のメモとお金の入った財布を母さんから受け取る。


「メモは財布に入ってるからね。それとメモには買ってほしい物と買うお店を書いてあるから。ちゃんとそこで買うのよ」


「えー! お店分けてあるのか? 一つのお店で全部買えば良くない?」


「修も一人暮らしでもしたら分かるわよ。少しでも安く買えるに越したことはないんんだから」


 一人暮らしなら既に経験済みである。二十代の頃から一人暮らしを始め、もう十年経っていた。安さを求めるという意見には同意だが、俺の場合は料理をしなかったし、食品であろうと日用品であろうと買い物に行く前にチラシを見てより安いお店に行くというようなことはなかった。俺の買い物というのは、基本行くお店はほぼ固定で、弁当は半額狙い。食品もお店に行った時にたまたま半額になっている物を必要量だけ買う。そして日用品はそのお店で一番安い物を買うというのが俺流のスタイルだ。半額こそ至高。半額しか勝たん。


 その結果、半額弁当に飽きながらも、もう食事を作業というか義務というかそんな風にしか思えなくはなっていた。今、高校生に戻って母親の手料理を食べれていることはもの凄く有難いと思っている。主婦ってやっぱり凄いわ。


「はぁ……わかったよ。歩いて行ける範囲にあるお店ばかりだろうし、運動がてら回ってくるよ」


「それで朝倉さん、申し訳ないんだけど修に付き添ってあげてくれないかしら?」


「いやいや母さん、朝倉さんは用事で来ただけなんだから、買い物の付き添いを頼むなんて朝倉さんも迷惑――いったっ!」


 母さんが俺の足を思い切り踏みつけてきた。息子に何てことするんだ。


「まぁまぁ修ったら、そんなに飛び跳ねる程嬉しいのね」


「母さんには俺が喜びの舞を踊っているように見えるのか?」


「それで朝倉さんはどうかしら?」


「私は全然大丈夫ですよ」


「じゃあお願いするわね」


 俺が一人で行くはずの買い物に朝倉さんが同行することになった。



 外に出るとさすがは真夏の午後。丁度、太陽が頭の上にきているので非常に熱い。俺は帽子を被り、朝倉さんは母さんが花の柄が入った黒い日傘を貸していた。ついでに肌が露出している部分に日焼け止めクリームを塗り、紫外線対策はバッチリだ。


「悪いな朝倉さん、母さんのせいで買い物に付き合わせることになっちゃって」


「気にしないで。私の用事は終わってたし、後は帰るだけだったから。それとも楠川君的には一人の方が良かった?」


「あ、いや、俺としても朝倉さんがいてくれたら買い物がスムーズにいくだろうから助かるけど。朝倉さんは普段から買い物に行ってるのか?」


「うん。お母さんと一緒に行ったり、お手伝いを頼まれて一人で行ったり。私、料理好きだから買い物は勉強にもなるし」


「へぇーなら将来は良い奥さんになりそうだな」


「……あ……ありがと……」


 朝倉さんが作ったクッキーは本当に美味しかった。きっと普段から料理の方もお手伝いで作ったりしているのだろう。料理上手な女の子と結婚できてたら、舌が肥えてスーパーの半額弁当はもう食えないだろうな。そういえば太一は結婚して幸せ太りしてたっけか。


「メモが財布に入ってるって言ってたけど、何を買うんだろうな」


 俺は財布からメモを取り出し購入する物を確認する。


 メモには、フェイスタオル二枚にうちわ二枚、汗拭きシートが一袋に防虫スプレーを一本と折りたたみチェアが二脚と書かれていた。えっ、何これ? 本当にいる物なのか? 俺はてっきり食品を頼んできたとばかり思っていたのだが。そして折りたたみチェアの下には少し余白を空けて、朝倉さんとの愛プライスレスと書かれていた。


「…………」


「何が書かれてるの? 私にも見せて」


 朝倉さんが俺の持っているメモを覗こうとしてきたので、すぐさま余白から下をビリッと破り切れ端をポケットに入れた。


「あ! 今何を隠したの?」


「ただの余白」


「嘘だぁ。今のは絶対何かを隠した動きだった。何を隠したのか見せて」


「駄目だ。ってちょっと! ポケットに手を入れようとするな」


「なら見せなさい」


 朝倉さんが俺のポケットに手を入れようと密着してきた。何とか阻止しようとするも俺はそれどころではなかった。


 近い近い! それになんか色々当たってるし、めちゃくちゃいい匂いがする! しかも手に触れてしまってるし! これ以上はヤバいから。俺の息子が元気になっちゃうから。


「分かった! 見せるから一旦離れよう」


 俺は観念してポケットから先程破った切れ端を取り出す。くそー息子が少し元気になっちまってるじゃねぇか……。


 取り出した切れ端を朝倉さんに渡し、朝倉さんが内容を確認する。


「…………はい」


 朝倉さんは切れ端を綺麗に小さくたたむと俺に返してきた。どう反応していいのか分からなかったのだろう。日傘をクルクルと回しながら少し俯き加減で照れている感じである。俺も少し恥ずかしくなり、お互いしばし無言となってしまった。


「あーそうそう、結局買う物はこれなんだけど」


 俺はもう一つの紙の方を朝倉さんに見せる。


「なんだか日用品ばかりだね」


「本当にいるのか? って思うような物だしな」


「でもこの時期に使うような物ばかりだから必要なんじゃないかな」


 財布の中に入っている金額を確認してみると、万札が一枚入っていた。いやこんなにもいらないだろ。


「とりあえず、折りたたみチェア以外はドラッグストアで買えるから先にドラッグストアに行こうか」


「そうだね」


 現在地から一番近いドラッグストアを目指す。



 ドラッグストアの自動ドアを通り中に入ると、エアコンの冷気が身体全体を包んできた。


「あぁー生き返るぅー。やっぱ冷房は偉大だわ」


「ホント気持ちいい。楠川君が抵抗して無駄に汗かいちゃったから、余計に気持ちいいよ」


「朝倉さんが俺のポケットに手を入れようとしなければ良かったんだ。だいたい見ても別に良いものじゃなかっただろ」


「うっ……そんな……ことは……ないけど」


 朝倉さんがなにやらもにょもにょ言っててよく聞こえない。


 買い物カゴを取り、外回りにぐるっと一周する感じで店内を歩く。通路の上にはどこに何系の商品があるのかが分かるようになっているので、それを見ながら目的の物がある通路に移動する。


 まず防虫スプレーをカゴに入れ、フェイスタオルはごく普通の白色のタオルを選び二枚投入する。うちわは建物の一つ目の自動ドアを抜けた所の市販の花火がいっぱい飾ってあるコーナーの近くにあったので、朝倉さんが二枚選んで持ってきてくれた。汗拭きシートは種類がいっぱいあるので、母さんがどの汗拭きシートを欲しがっているのかはわからないので、とりあえず消臭力や使用感が人気ナンバーワンの商品を検索して出てきた物を選らんだ。


 これで折りたたみチェア以外の商品は揃ったわけだが、このカゴの中に入っている商品を全て足したとしても二千円いかないぐらいだ。折りたたみチェアだって安い物なら千円台であるのだから、明らかに余分に持たせ過ぎな気がする。


「朝倉さん、母さんがお金を多めにくれてるみたいだからアイスでも買わない?」


「えっ? 勝手にメモにない商品買ってもいいの?」


「大丈夫大丈夫。そもそも商品名を具体的に書いてないから、きっと一万円以内で収まるように買えば問題ないってことでしょ。それに、こんな暑い中頑張って買い物してるんだから俺たちにご褒美があってもいいと思わないか?」


「楠川君がそう言うならいいのかな」


「気にするな。買っちまおう」


「えへへ、じゃあ何にしようかな」


 二人でアイスが大量に入っている冷凍ケースの前に行き、好きなアイスを選ぶ。


 俺が選んだのは木の棒がついたチョコミントのアイス。すーっとした感じが堪らなくいいのでアイスの中でもトップ三に入るくらい好きだ。朝倉さんが選んだのは木の棒がついたバニラアイスをチョコでコーティングしてあるアイスだ。


 アイスも選び終わり、全ての商品の会計を済ませ外に出る。


 二人でさっそく購入したアイスを袋から出し、一口食べる。


「はぁ~やっぱりアイスはミントに限るな」


「でもミントのアイスって歯磨き粉の味がするって聞いたことがあるよ」


「ミントが苦手な人は良くそう言うな」


 食べ物を食べ物じゃない物で表現する例えは一体なんなのだろうか。

ミントは歯磨き粉の味とかスイカはカブトムシの味だとか、パクチーはカメムシの味とか。いやカブトムシとカメムシは一応食べ物なのか? 食べたくないけど。


「朝倉さんはミント平気?」


「私は食べたことないよ。それを聞いたら食べなくていいかなって」


「試しに食べてみる?」


 驚く朝倉さんの前にアイスを差し出す。クッキーの時に受けた辱めをそのままお返ししてやろう。


「えっ? じゃあせっかくだから」


 すると朝倉さんは右耳に髪をかける仕草をしたまま、何の躊躇いもなく俺のアイスに齧りついた。俺のアイスには俺が最初に齧った歯型と、朝倉さんが齧った歯型が付いていた。


「…………」


「ん~私は食べれなくはないけど、普通がいいかな。ん? 楠川君どうしたの?」


「あれ? 俺今あーんをしたんだけど……平気なのか?」


「なぁに? クッキーの時のお返しでもしようとしてたの? 甘いなぁ」


 ニヤリと余裕そうな笑みを浮かべる朝倉さん。これは予想外だ。俺はてっきり恥ずかしがって躊躇うと思っていたのにあっさりと齧られてしまった。朝倉さんの方がどうやら一枚上手のようである。


 俺は二つの歯形を見つめたまま固まってしまった。


「……私だって……平気じゃなかったよぉ……」


 朝倉さんはアイスを咥えて、横を向いたまま何やらポツリと呟いていた。

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