第10話 自分の気持ち
「よーし見てろよ二人とも! 行くぜ! 俺渾身の前転飛び込み」
太一が岩場から水面に向けて思い切りダイブする。バシャーンという音と共に激しく水しぶきが上がった。
「古賀君凄い! 私も飛び込んじゃお」
朝倉さんは岩の上に上がり普通に足から飛び込んだ。ドボンという音の後に水中から朝倉さんが顔を出した。
「気持ちいい」
「莉奈ちゃん良い飛び込みだったぜ。次はくっすーの番だな。お前も男なら前転飛び込みをやってみろ」
「そのくらい楽勝に決まってるだろ。中学のプールの時にやってたからな」
ちなみに、太一や当時のクラスメイトとはしゃぎ過ぎて、普通に先生に怒られたのは良い思い出だ。
「行くぞ」
俺は軽く助走をつけ、前転しながら水中へと飛び込んだ。着水と同時に、身体が一気に水の底へと着くのではないかというくらい沈み、そしてすぐ浮上する。
「楠川君も凄いね!」
「なかなかやるじゃねぇか、くっすー。なら次はバク転飛び込みで勝負だ」
「バク転だと! 俺やったことないけど」
「俺もない。だが、下が水なら頑張ればできそうだと思わないか? バク転は下が地面だと恐怖心の方が勝るからな」
「一理あるけど、イメージでできれば苦労はしないがな」
「仮に失敗しても水だから大して痛くはねぇだろ。高さもそんなにないし」
普通に学校のプールの飛び込み台よりは高いけど。
「二人とも無茶しない方がいいよ。せっかくのキャンプで怪我でもしたら……」
「莉奈ちゃん心配しなくても大丈夫だ。俺は身体を鍛えているからな。俺がまず先にやってみて結果を見て、くっすーはやるかやらないかを決めればいい」
そう言って太一は岩の上に登ると、背を向け飛び込みの準備に入る。
「古賀君大丈夫かな……」
「まぁやらせてみたらいいんじゃない? 朝倉さんにかっこいいとこ見せたいんだよきっと」
「ふぅ~……よし! 行くぜ!」
深く息を吐きながら膝を曲げ、その直後勢いよく後方に飛んだ。太一の身体は綺麗な弧を描き、そして見事なバク転飛び込みを決めた。着水と共に再び、激しく水しぶきが上がった。
「マジでやりやがった……」
「ぷはぁっ! やべー心臓がバクバクなってる」
どうやら余裕の成功ではないらしい。だが、さすが太一だ。運動神経だけは良いからな。
「凄い凄い! 古賀君かっこよかったよ!」
「えっホントに! げへへへ」
「めちゃくちゃ鼻の下伸ばしてやがる」
朝倉さんに褒められ、太一の顔が完全にゆるゆるだ。
「さぁくっすー、お前はどうする?」
髪をかきあげ、カッコつけながら聞いてくる太一。もうご満悦そのものだ。
ここまで挑発されては、さすがに無謀な挑戦だと分かっていても闘争心に火がつくというものだ。それに、太一の飛び込み方を先に見たことで、俺の中でバク転のイメージがなんとなく掴めている。
「やってやる」
俺は岩の上に登り、背を向けスタンバイする。
「楠川君、頑張って」
「無理すんなよ、くっすー」
背中に朝倉さんの声援と、太一の笑いを含んだ声援を受け、俺も深く深呼吸をする。そしてゆっくりと膝を曲げ、太一の動きを何度も思い出しながらタイミングを見計る。
「ここだ!」
俺は勢いよく後方に飛ぶと、綺麗な弧を描くことなく、ほぼ仰向けの体勢で背中から見事な着水を決めた。
痛てぇー! めちゃくちゃ痛てぇー! 腹からの着水が痛いのはもちろん知ってるけど、背中も十分痛い。俺はそのまま浮力に任せて水面に上昇した。
「ぷくくくくっ……くっすーお前は期待を裏切らねぇな……くくく」
「ふふっ……ごめん……楠川君、わ、笑ったらいけないのは……分かってるんだけど……ふふふ」
「……喜んでもらえて何よりだ」
その後も俺たちは心行くまで川遊びを楽しんだ。
川遊びを満喫した俺たちは、コテージに戻り、各自シャワーを浴びてから夕食の準備を手伝うことに。食材の仕込みはある程度母さんが済ませていたので、おにぎり作りと食器を並べるのを朝倉さんと母さんで行う。父さんと俺と太一はバーベキューコンロ二台と窯への火起こしや、使用した分の薪を補充する薪割りを行う。こういった準備もキャンプの醍醐味である。
そして全ての準備が整い、お待ちかねのバーベキューの時間だ。
「思いきり遊んで、お腹が空いただろう。しっかり食べるんだよ」
「食材はたっぷりあるから、遠慮はしなくていいからね」
「「「いただきまーす」」」
コンロに次々と肉や野菜、魚介を載せて焼いていく。焼けた物から各々が好きなように取っていき口に運んでいく。
「うめぇー! やっぱり外で食う飯は別格だぜ」
「ホント、何でこんなに美味しく感じるんだろう」
「大人数で食べると余計に美味いな」
いっぱいあった食材やおにぎりは見る見るうちに減っていき、窯で焼いていたピザも全員でシェアをするとあっという間になくなってしまった。主に貢献したのは俺と太一だが、朝倉さんも意外と食べていた。
バーベキューが落ち着いた頃、川で冷やしたスイカを母さんが切ってくれたのでデザートに頂く。あれだけ食べた後でもデザートは別腹なのである。
そして、日が落ち周囲が夜の闇に覆われたところで、花火大会を行うことに。市販の花火ではあるが、花火というのは不思議なもので何度見ても飽きないうえに、なぜこんなにも童心に帰らせてくれるのだろう。見た目は高校生でも俺の精神は三十歳を迎えた大人なのだ。それでも、やはり楽しい事は何年経とうが楽しいものだ。
片づけを済ませ、バーベキューによって付いた臭いを落とすべく再びシャワーを浴びて就寝の準備をする。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、キャンプ一日目が終了した。
深夜、俺はコテージのドアが閉まる音で目を覚ました。
俺は自分の両隣を確認すると太一と父さんはぐっすりと寝ていた。となればこんな時間に起きて外に出そうな人物は一人しかいない。
俺はコテージのドアを開け外に出た。すると外には朝倉さんが空を見ながら立っていた。
良かった。もしこれで予想が外れて、外に母さんが立っていようものなら俺はそっとドアを閉めたに違いない。
ドアを閉める音に気付いた朝倉さんが後ろを振り向く。俺とばっちり目が合う。
「あ、楠川君。ごめん、起こしちゃった?」
「ドアが閉まる音が聞こえてね。どうしたの? 寝れないの?」
「うん。ちょっとなかなか寝付けなくて、外で涼もうと思って。綺麗だよね、この星空。周りに灯りがないせいか星の光がはっきり見えるんだよ」
「まぁ同じ星空でも見える場所によっては見え方が違うよな」
「ねぇ、今から山登ってみない? そしたらもっと綺麗にみえるかも」
「登るって、コテージの裏の山道を? まぁ別にいいけど。目が覚めちゃったし、軽く運動でもしたら眠気もくるだろ」
俺と朝倉さんは山頂を目指し、山道を歩き始めた。道はしっかりと整備されていたので歩きやすかった。途中、何カ所か道が分岐していたがひたすら上の方を目指して歩いていく。
歩き始めてどれくらい時間が経ったかは分からないが、けっこう上まで登ったような気がする。すると、頂上らしき開けた場所に到着した。
見渡す限り特に何もないが、座れそうな大きい岩があちこちから出ているのがあるくらいだ。
「歩くだけあったね」
「ちょっと休憩しよう」
俺と朝倉さんは岩に腰かけ一息ついた。
「見て見て、さっきより星がいっぱい見えるよ」
「ホントだな」
「……」
「……」
しばらく二人の間に沈黙が続く。だが、この沈黙の時間は初めて会った時の沈黙と比べて、不思議と居心地が悪い時間ではなかった。
「今日は楽しかったね」
「うん」
「私ね、あの河川敷で楠川君と出会えてよかった」
すると、朝倉さんが俺の肩に顔を寄せてきた。突然のことに俺の心臓が跳ね上がった。
「な、何だよ急に」
「楠川君は今でもまだ女が嫌い?」
「…………き、嫌い……だよ」
「じゃあ私の事も嫌い?」
質問の意図が分からなかった。けど、俺は今の正直な気持ちを伝えることにした。
「……わからない」
矛盾しているのは分かっている。女が嫌いと言いながらも朝倉さんが嫌いかと問われれば、“わからない”としか言えない。出会った当初は確かに嫌いだった。朝倉さんがというよりは全ての女が嫌いだった。だが――
「良かった」
「“わからない”が何で良かったなんだよ?」
「だって楠川君は、最初に出会った時は本当に女が嫌いなんだろうなぁって思ってたから。私と話をしてくれたのも嫌々なのかなって。でも、今は“わからない”になったってことは気持ちが変わってくれたんだよね」
「…………」
変わってしまった。
朝倉莉奈という女の子に変えられてしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます