第9話 キャンプ



 梅雨が明け、じめじめとした天候から一転、カラッとした真夏の日差しが照りつける快晴。待ちに待った夏休みが始まった。


 俺と太一、そして朝倉さんは俺の両親の車に乗って、母さんの実家がある田舎へと向かっていた。


 期末テストが無事終わり、その打ち上げとしてキャンプをする約束をしていたからだ。


 その肝心の期末テストの結果はというと、俺はいつも通り上位組に入り、太一も一生懸命に勉強したのと朝倉さん指導の効果があって、全教科四十点台を取り赤点を回避してみせた。そして、朝倉さんは平均八十点という高成績を残し、全員が満足いく結果となっていた。


 期末テストから解放され、そのままキャンプの計画を立て、そして今日天候にも恵まれた結果、予定通りキャンプ当日を迎えることができた。


「莉奈ちゃん、プロテイン棒食うか? チョコ味、イチゴ味、シリアル、ウエハースタイプ、色々あるぜ」


「え? あ、じゃあイチゴ味を貰おうかな」


「朝倉さん、別に無理に太一に合わせなくてもいいんだぞ? 太一はただの筋肉バカなだけだから」


「ううん、こういうの食べたことないから、ちょっと気になるかも」


「なんだよくっすー、せっかくお前にもあげようと思ったのに」


「じゃあチョコ味」


「ほらよ」


「おい! これ駄菓子のチョコバッツだろ! しかも開封してある!」


 太一が姑息にも、返品不可の状態で渡してきたので食べることに。うん! 水分がもっていかれる!


 家を出てから約一時間走り続け、車から見える景色は自然豊かな田園風景へと変わっていた。見渡す限り山、山そして山。大自然の田舎道である。


「ねぇ、古賀君はいつから楠川君を“くっすー”って呼んでるの?」


「もう小学生の頃からずっとそう呼んでるな」


「俺は名前呼びにしてほしいけどな」


「定着してる期間の方が長いからもう無理だろ。逆に違和感がある」


「えーそうかぁ?」


 結局、社会人になってからもずっとそう呼ばれてたし。あだ名をつけられると一生物なのかな。


「私も“くっすー”って呼んであげようか?」


「いやいい。やめてくれ。ていうか今呼んだじゃん」


「今のは違うよ。ダメ? くっすー」


「…………」


 俺は無言のまま車の窓を全開にして、顔を外に向けた。


「外の空気がうめぇ」


 熱い、熱いよぉ! 顔が熱いよぉ! なんか脳内で朝倉さんの言葉がループされてるんだけど。これは違う、ただ恥ずかしかっただけだ。


「母さん、将来楠川家は安泰だな」


「良かったわねお父さん」


 俺の親がボソボソと話をしている。聞こえてるっての。


 更に数十分車を走らせたところで、目的地のキャンプ場に到着した。


 広い土地に建てられたコテージ。その裏は山となっており山頂に続いているであろう山道が見える。コテージの横の方には薪が綺麗に積み上げられ、近くに手作りの窯や木で作ったテーブルと椅子が設置されていた。窯はピザやチキンを焼いたりできそうである。山道や敷地内はしっかり整備されており、丁寧に草刈りまで行われていた。耳を澄ませば、近くで川の水が流れる音が聞こえる。


「おぉ~すげー! ここでキャンプができるのか!」


「凄い立派な別荘だよ」


「母さん、これホントに無料で貸してくれるって言ってたの?」


「えぇ、好きに使ってもらって構わないって言ってたわよ。その代わりゴミはちゃんと持って帰る、冷蔵庫に物を残さない、帰りにきちんと掃除をして帰るのが条件でね」


「修、太一くん、荷物を運ぶのを手伝ってくれないか」


「今行く」


「了解っす」


「あ、私も手伝います」


 車から食料や飲み物、バーベキューに必要な道具等を降ろし、コテージの中へ運ぶ。


 コテージの中も非常に完成度が高く、文句の付けどころがない程だ。必要な家具、家電はバッチリ揃っているし、浴室もある。一階と二階にそれぞれ畳のスペースがあり人数分の布団が用意されてある。


「じゃあ母さんと二人でバーベキューの準備をするから、みんなは遊んで来なさい」


「「「はーい」」」


 こうして一泊二日のキャンプがスタートした。



 俺と太一は一足先に水着に着替え、近くの川に来ていた。


 やはりこんな暑い日は川で遊ぶのが一番である。水深がそこそこ深い所があり泳いだり、飛び込んだりできる。水の透明度も驚くほど綺麗だ。小さい頃は、メダカやカニを捕まえたり、川釣りをして遊んでいたっけな。


「うわっ冷てぇ。くっすーここに丁度いい場所があるぞ。ここでスイカを冷やそうぜ」


「わかった。投げるからキャッチしろよ」


「アホか! 持ってこいよ!」


 俺と太一がスイカを川に置いていると朝倉さんも合流してきた。


「おまたせ」


 朝倉さんの姿を見た瞬間、太一はゆっくりと目を閉じ、空を見上げて泣いていた。


「う、美しい……」


 朝倉さんの水着は上がオフショルダーの白と黒のストライプで、下は黒の腰ぐらいまで面積があるタイプのビキニを着用していた。


「ど、どうかな? 変じゃない?」


「……くしい……くしい」


 太一はもはや言語力が低下する程壊れてしまったようだ。そして、突然ふと我に返る。


「感激だ! もう素晴らし過ぎて俺の僧帽筋から翼が生えそうだ」


「ありがとう」


「くっすー、お前も莉奈ちゃんに感想を言ってやれよ」


 感想だと? 今の俺にか? ふっ……太一も無茶な要求をしてくるな。今の俺は、顔面の筋肉が緩みそうになるのを必死に堪えている最中だというのに。これが、女の水着の破壊力というやつか。しかもビキニなんて生で見るのは初めてだ。さて困った……直視ができない。俯くことしかできない。目が慣れるまでかなり時間がかかりそうである。どうやって感想を伝えたものか……。


 『胸を見ながら、良い胸だねって言えよ』


 俺が考え込んでいると、脳内にそんな言葉が響いてきた。


 あ、これ知ってるぞ。自分の中の悪魔が悪い方に誘導しようとするというあれだ。本当に出てくるんだな。


『俺様は貴様の中の黒い変態』


『黒い変態!? 悪魔じゃなくて!?』


『そんなことはどうでもいい。さっさと良い胸だねって言えばいいだろ。どうせ思ってんだろ?』


『そんな下衆なこと言えるわけないだろ。俺を何だと思っている』


『変態』


 何て言い草だ。俺が言うに事欠いて変態だと。こいつ許さねぇ。


『そんなこと言っては駄目だよ』


 ここで別の声が聞こえてきた。


 この声は間違いなく、黒い変態と対を成す存在の俺だ。変態の反対は誠実。つまり誠実な俺がやってきたのだ。


『僕はきみの中の白い変態』


『白い変態!? 誠実な俺はどこに行った!?』


 黒い俺も白い俺も両方変態って、それじゃあ俺は只の変態じゃないか!


『おい白い変態、俺様の邪魔をするな。正直に思ってることを言わせればいいんだよ』


『黒い変態、きみの言い方は直球過ぎる。もう少しオブラートに包まなきゃ。あなたの水着の素晴らしい所はあそこで冷やしているスイカを半分に切ったようなその――』


『お前ら水着の感想を言えよ! つか俺の悪魔と天使はどこに行った!』


『貴様がいつまで経っても素直にならないから、呆れた俺様たちは天使と悪魔から変態に進化したのだ』


『それは進化なのか!? 退化の間違いだろ!』


 俺が脳内で変態達と口論をしている中、固まっている俺を見て二人は心配していた。


「くっすーの奴、動かないぞ。莉奈ちゃんの水着姿の刺激が強すぎたんじゃないか?」


「え? どうしよう……私着替えた方が良い?」


「そんなの駄目だ。せっかくの眼福が。動けくっすー」


 太一に頭を叩かれ、俺はハッと我に返る。


 あれ? 俺は一体何をしていたんだ……記憶がない。叩かれた衝撃で黒い変態と白い変態は消えてしまっていた。

 俺が正面を向くと、そこには水着姿の朝倉さんが立っている。


「見事だ」


 朝倉さんを見るなり反射的にそう感想を漏らしていた。


「あ、ありが……とう?」


 朝倉さんは小首を傾げながら喜んでいいのか迷っている様子だった。

 

 ふむ……今日の俺は一体どうしてしまったのだろうか。

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