第8話 勉強会 ③
「ねぇ楠川君、ここの三角関数の問題がわからないんだけど」
「あぁ、そこはまず“カッコの二乗”にした場合の数値を出してから“カッコの二乗”の方を式に直すんだ。それでこれとこれを足したものは数字の一となる公式があるから、それを当てはめて解いていくと答えが出る」
「あ! なるほどね」
「ちなみに次の問題は式に直すと、難しそうに見えるけど基本は同じだから」
「わかった。やってみるね」
「なぁくっすー、この問題教えてくれ」
「それは教科書のこのページに解き方が書いてあるから頑張れ」
「莉奈ちゃんとの温度差!?」
勉強して、少し休憩を挟んでまた勉強という時間を繰り返し、全部のプリントが終わる頃には夕方になっていた。
「も、もう無理だ。頭が爆発しそうだ」
「私も疲れちゃった。でもどの教科も凄く分かった気がする」
「最初からハイペースでやり過ぎたかな。あまり無理して詰め込み過ぎても逆効果だし、今日はこの辺にしよう」
「よっしゃー終わった! 打ち上げしようぜ」
「勉強会の段階で!?」
「確かお菓子買ってたよね。食べようよ」
袋からスナック菓子やチョコレート、飲み物を出しテーブルに並べる。あっという間にちょっとしたパーティーみたいになってしまった。
「打ち上げで思ったんだけどよ、期末テストが終わったら夏休みじゃん? この三人でどっか行かね?」
「あ、行きたーい! せっかく友達になったんだから思い出作りたいよね」
「夏休みのイベントっていえばいっぱいあるけど、海、山、花火大会とか?」
「俺は全部はちょっと厳しいかもしれねぇ。けっこうスケジュールが埋まっててよ」
「私も海と花火大会はちょっと……人が凄く多い所は苦手なの」
さっそく候補が一つになってしまった。
「ならキャンプはどうだ? 海の変わりに川で遊べるし、花火もできる」
「おっ! 良いじゃんキャンプ。それにしようぜ」
「確か母さんの実家の方で、大工の人が個人で作ったキャンプ場があった気がする。そこを借りられれば人も少ないし丁度いいかも」
「へーキャンプ場作るなんて凄い。じゃあキャンプの日程はまた話して調整しよ」
勉強ついでにテスト後の打ち上げイベントの内容も決まった所で、本日の勉強会は終了となった。
次の週の日曜日、再び俺の家に太一と朝倉さんが来て二回目の勉強会の日だ。
この日は父さんと母さんが家にいたので、朝倉さんを連れて来た瞬間ちょっとした大騒ぎとなってしまった。
「お父さん! 修が、修が、家に女の子を連れて来たわよ!」
「なに! 一切女っ気がなかった修がか! それは事件じゃないか!」
酷い言われ様である。というか事件ってなんだ。俺が女を連れてきたら問題なのか。そういえば、彼女がいた時の俺は家に呼んだことはなかったな。それに高校生に戻る前の俺の三十年間でも。もし呼んでいたらこんな反応をされていたのか。
「あなたお名前は?」
「えっと、朝倉莉奈です」
「なんて可愛い名前かしら。それに凄く美人ねぇ」
「あ、ありがとうございます」
「母さん! 今日は修の“女の子を家に連れて来た記念”だ! 今日はご馳走にしようじゃないか」
「そうね! 朝倉さんと太一君、今日はウチでご飯を食べていきなさい。お父さん、今から買い物に出かけましょう」
「そうだな! あ、太一くん。ウチの息子が朝倉さんに粗相がないよう、しっかり見張っておいてくれるかい?」
「了解っす!」
父さんと母さんは嵐のような勢いで、家から飛び出し買い物へ行ってしまった。
「なぁ太一、俺そんなに女っ気ないか?」
「ねぇな。俺よりもねぇ」
「そういや、結婚も先を越されたもんな……」
「は? 何の話だ?」
「いや、こっちの話だ」
「楠川君、元気だして! ねっ!」
泣きたくなってきた。もう今日の勉強会は中止で良いかな。
二人に部屋へ先に行ってもらい、俺は三人分のお茶とお菓子を用意する。もちろん、普通のお茶である。決してお茶に変な物でも入れて復讐してやろうなんて微塵も思っていない。ホントだよ?
部屋に入ると二人は教科書を取り出し、準備万端であった。
「楠川君、これ。前に言ってた中間の時のテスト問題」
「おっ、ありがとう」
朝倉さんからテスト問題の入ったファイルを受け取る。綺麗にファイリングされており性格が現れている。この中間テストの問題がどこまで役立つかは分からないが、とりあえず参考にしてみる。
「そういえば朝倉さん、あれからテストの出題範囲って先生に聞いてみた?」
「あ、うん。えっと――」
朝倉さんが教科書を手に取りパラパラと捲る。
どの教科書にも付箋が貼られており、どこからどこまでのページがテスト範囲かが分かるようにしてある。
「ここから、ここまでがテスト範囲だよ」
「どれどれ」
朝倉さんが開いてくれたページを確認する。
ここで俺は少し違和感を覚えた。朝倉さんが開いてくれたページの内容が、前回見た時と内容が違うような気がしたのだ。だが、朝倉さんがパラパラと捲っていた時に見えた本の表紙は前回使った物と同じ教科書だった。
俺の勘違いだろうか。まぁ俺もページの番号をマジマジと見た訳ではないし、他の教科書と記憶が混ざってしまっている可能性がある。
「じゃあ朝倉さんはこの出題範囲の中の問題を順番に解いていって分からない問題があったら言って」
「はーい」
「太一は変わらずプリントの問題を完璧に解けるように頑張れ。終わったら同じものをどんどん渡すからな」
「あいよ」
二人が問題に取り組んでいる間、俺は朝倉さんから受け取ったプリントと自分の高校の教科書や中間テストの時の問題を見ながら、出題問題に共通する部分等がないか確認をする。
しかし、やはりというか教科書も違えば、教える先生も違うので問題の出し方やどれを出題問題にしているのかに違いはある。かといって、全く違うかと言われればそんなことはなく、朝倉さんのプリントにも俺のプリントにも同じ回答の問題が存在する。
こうなったら、朝倉さんには俺と朝倉さん、二つ高校の出題範囲の中にある問題を合わせたスペシャルなプリントを作成してやろう。
「楠川君、この傍線部の問題の解き方ってどうしてる?」
「そういう傍線部の問題は大抵、文章の中に答えが書かれているからしっかり読むことだな。あとは、文章の中に出てくる言葉とか単語の読み方だけじゃなく、その意味も調べておくと問題に対応しやすいかな」
「ありがとう」
「太一は何か分からないところあるか?」
「…………」
太一のやつ、また寝てやがる。まぁプリント三枚目だし、ひたすら同じ問題を解くってのはだんだん作業みたいになるから、集中力もなくなるしな。寝かせておいて一旦記憶を整理する時間をあげるか。
それにしても、今日の朝倉さんは前回の勉強会の時に比べると、質問をしてくる回数が減っている気がする。あれから、凄く勉強したのだろうか。
「朝倉さん、ちょっと太一と同じプリントをもう一回やってみてくれる?」
「え? いいけど」
俺は朝倉さんに前回やってもらったプリントを渡す。
すると、朝倉さんは物凄い勢いで、次々と問題を解いていく。気づけばあっという間に一枚目のプリントが終わり、次の科目のプリントへ。一切手が止まることなく、数十分で五枚全てのプリントを解き終えた。
「はい、できたよ」
朝倉さんからプリントを受け取り採点すると、どのプリントも全問正解だった。
「あれ? 朝倉さん、百点なんだけど。あれ? 勉強できるじゃん」
「そのプリントは何十回も解いたから、ばっちり覚えたんだよ」
「だとしても、今日はあまり朝倉さんから質問もないし」
「なんか、教科書の問題見たら不思議と解けちゃうんだよね。きっと前の勉強会で楠川君が丁寧に教えてくれたからだよ」
朝倉さんが自分でバカだと言っていたのは一体なんだったのか。でも、小テストの点数は悪かったし、前回だって全然勉強できる感じではなかったのに。あれ? 何だこれ夢なのか。もしかして、やればできる人だったのか。え? じゃあ何で?
「うん、素晴らしい成長だ」
俺は考えるのを放棄した。
勉強ができるようになったのなら、むしろ良い事じゃないか。喜ぶべきことだ。これで残る問題は太一だけとなった。
「太一、寝てる場合じゃなくなったぞ。朝倉さんに完全に置いていかれたぞ」
「んあ? 莉奈ちゃんが何だって?」
「これを見てみろ。たった今朝倉さんがやったプリント問題だ」
まだ完全に覚醒できていないのか半開きの目でプリントをじっと見る太一。
「んん~……ん? んんんん? え! 百点!? 誰が?」
「だから朝倉さんが」
「いえい! ごめんね古賀君」
太一に向けてピースをする朝倉さん。
それを見た太一はわなわなと肩を震わせ、次の瞬間全力の土下座をした。
「莉奈ちゃん、いや莉奈様! どうか俺に勉強を教えてくれ」
「いいよ。約束だもんね。私に任せなさい」
「女神様! よっしゃやるぞ!」
そこから太一は今まで以上の集中力を発揮し、プリントに取り組んでいた。朝倉さんも太一をしっかりサポートしており、一週間前からは想像もつかなかった光景である。とりあえず、太一の面倒は朝倉さんに任せて、俺はスペシャルプリントの作成に取り掛かった。
二回目の勉強会は予想外の事態もあって、一回目よりも有意義な勉強会となった。
勉強会が終わる頃には、俺の両親が買い物から帰ってきて、母さんが気合を入れて料理を作り始める。今日の食卓は朝倉さんと太一が加わり、いつもよりも賑やかな食事であった。そんな楽しい雰囲気を感じたまま二回目の勉強会も無事終了となった。
それ以降も期末テストが始まるまでの間に、何度か集まっては勉強会を行い、そしてついに期末テスト当日を迎えた。
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