嗚咽同舟

某激辛麻婆春雨

飲み会⓵

数の子が喉の奥から物凄い勢いで競り上がってくる。俺は体だけ臨時体制に入り、食道が一直線になるように前屈みになった。だが今この場でリバースしたとて、自分の口から生成された海鮮料理を受け止めるような器ーもといゴミ袋ーなどはどこにもなく、両手は手持ち無沙汰に畳の上を彷徨った。

天地が掻き回されているように揺れる脳と視界を無理矢理切り離し、必死の思いで俺は視線を辺りにやった。この際ゴミ袋でなくても構わない、飲んだくれて理性を失っているこいつらの『目』から己の体の一部になり損ねたモノを隠し切ることができるのなら、何者かが酒の勢いで脱ぎ散らかした薄汚い鼠色のズボンだろうが、バイト料で購入したと遠回しに誰かが自慢していたヴィ●ンのバックだろうがなんでも良いのだ。むしろ他人の持ち物に吐いてしまった方が鬱憤ばらしにもなるだろう。思いつくなり足元に放置されていた白Tシャツをひったくると、障子を蹴破る勢いで俺は外へ飛び出した。

天誠てんせい、といれっとか〜?」

障子を開けた瞬間に背後からこちらへ呼びかける声が聞こえたが九割九分幻聴だろう、よくあることだった。

この酒場に自分の名前を覚えている人間なんて存在しない、アルコールに浸かった思考でそう捉えると俺は自虐的に嘲笑った。

……それでも微かな可能性を残し、その上そちらに期待してしまうのは、己が他人からの認知無しには生きていけない貧弱な生き物であることをよくよくよくよく示していた。嫌になる。

「ゔ、ぅぉ、」

〜ただいま映像が乱れております。そのまま

しばらくお待ちください〜





三途の川が見えた。

だがまあ、後処理と死骸を目にされた時の屈辱感さえ気にしないのであれば、嘔吐してそのまま体力を失い昇天する…なんていうのも気楽で中々興味深い死に方なのではと感じた。少なくとも死後に中身が全部溢れ出てくるような縊死よりは自分に向いているだろう。

消化しきれなかった食物やら胃液やらで汚れた、誰の所有物かも分からないTシャツをぼんやりと見つめる。

(あー、…俺の思考回路ってイカれてんだな。

何も死ぬ予定も無いのに。)

赤の他人の服に吐瀉物をふっかける時点で相当だった。自分でもそれを理解しているにも関わらず、最悪な閃きを実行に移したのはひとえに己の性格が歪んでいるからだろう。



正直、どのようにして帰路についたのかは謎のままだ。

そもそもあんな地獄のような場所に単身乗り込んだ己の行動原理が知りたい。

大学の同じ学部の皆で飲もう、というありふれた飲み会…

入学してまだ半年ほどだからこそ自分にも希望があるかもしれないと、そんな甘い考えを持っていたのだろうか。

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