第17話 ジャスティナの本気
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朝焼けのとき、チーノ王国の国王、ゼリア=チーノは王の間にて知らせを受けていた。
朝早くに従者のユンに叩き起こされ、まだ頭が完全に目覚めていない状態で玉座に座らされている。その恰好はまだ寝間着のままで、国王と言われなければ、一般人と変わらない様子だ。
「国王様、城下町ロロンにて季節外れの猛吹雪が吹き荒れております。町は雪に埋もれ、このままでは雪による災害が起きるかもしれません」
従者のユンの甲高い声が、王の間のだだっ広く、何もない空間にこだました。
ユンは明け方にも関わらず、身なりをきっちりと整え、若者特有の濁りのない目線でゼリア王を見つめている。
それに対して、国王は思考があまり思考が追いついていなかった。まだ寝起きで頭の中で霧がかかったようである。
「ユンめ。報告ならばベットでも出来よう。なぜ、わざわざ、この王の間に連れてくるのだ。ワシは眠いのだ。本当にいつも形式ばかり大事にするのだから」
王は内心でこう思っていたが、未来のある若者に小言を言うのは良くないと思い、なんとかその気持ちを飲み込んでいた。
次に王は別の事を考えていた。
「何故、このユンに然り、若者は朝早くから活気に満ち溢れているのか」
といった若者に対する純粋な疑問や
「ワシのように朝に弱く、昔のような志も薄れて来た存在は早く引退した方がいいかもな」
といった引退時に関することだ。
王が思考をする間、数分間の静かな静寂が生まれた。
王の間の扉と玉座を縦につなげるように伸びた赤い絨毯の上には遮るものが何もなく、時間がゆっくりと過ぎていく。
数分後、目覚めてきたゼリア王の頭が、先程の報告を反芻し、やっとの思いで一つの疑問をひねり出した。
「ほう。なぜだ。このような時に猛吹雪が……。そもそも我がチーノ王国ロロンは雪なぞめったに降らない地域だというのに」
国王はぼそりと呟いた。蓄えた口ひげで口が開いているのかどうか分からないほどだが、確かに国王は声を発していた。目はまだ開ききっておらず、王は手で目ヤニを取ろうとしていた。
そこに、扉の向こうから、タタッという足音が聞こえた。ぎぃっと何代にも渡り、王の間を見守り続けた重い扉が開くと、まだ十二から十三歳程度の聡明そうな金髪の少年が入ってきた。彼は、この国の王子、サイ=チーノである。
「父上、城下町のあたりが曇っていたので、異変を感じ、使いを急ぎ走らせ、雪を調べさせました。雪には微かにオールの片鱗を感じます。つまり、魔導による吹雪です。」
先程までの静寂を切り裂くような、サイのハリのある声が王の間に響き、王の頭を完璧に目覚めさせた。
「ほう。サイ、よくぞこの短時間で調べた。このチーノ王国には使える者が久しくおらんが、氷魔導の”レイカ”の最も強力な魔導はデクラ・レイカルンという。文献によると、それは、天候を変えてしまうほどの猛吹雪を降らせることが出来るそうだ。
此度の異変は、デクラ・レイカルンによるものかもしれぬな」
王は、今度はしっかりと声を発した。
「はい、父上。私もそう思います。」
「して、この吹雪を止めるにはどうすれば……」
「父上、それならば、私の先生、ジャスティナは如何でしょうか?彼女の火炎魔導ならば、この吹雪を止められるかもしれません。」
王は、サイが言うことを考えた。
「ほう、あのジャスティナか。確かに彼女は戦いは不向きであったが、火炎魔導の才能は凄まじいものであった。それにサイ、お前からの信頼も厚い」
「よかろう。今すぐジャスティナに使いを出すのだ。国王からの支援も惜しまぬゆえ、この吹雪を止めよと伝えるのだ」
「はっ」
ユンが急ぎ、王の間を駆けて出て行った。その後ろ姿をゼリア王は見送り、
「もう、王様を引退して、若い世代に任せよう」
と心に決めたのであった。
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ホダカ達は寒さを感じて目が覚めた。
「ねえ。なんか寒くない? 」
ティナがホダカに寄り添い、暖を取る。ふとホダカが窓の外を見ると、辺り一面が白い雪で覆われ、吹雪が吹き荒れていた。
っとそこに家のドアを叩く音が一階から聞こえた。
「おはようございます。ジャスティナ様はいませんか? 」
ドアを叩く音とともに微かに声が聞こえる。
「なんだろう」
ホダカとティナが一階に下りると、マーカスとカロリーナも一階に降るところだった。
「ティナ、あなたを呼んでるわね」
カロリーナが訝しそうに一階の居間からつながるドアの方を見つめた。
「うーん。私になんの用事だろう」
とティナが答えた。
一方、ホダカを見つけたマーカスが、ホダカに話しかけてきた。
「ホダカ君、外を見たかい? 」
「ええ、雪が降っていましたね」
「ああ、このロロンでは雪なんて滅多に降らないのにな。ましてやこの時期に」
マーカスが呟いた。
「おはようございます。ジャスティナ様。ゼリア王の使いで参りました。ジャスティナ様のお力を貸してくださいませんか」
扉を叩く使者がまた大声で叫んだ。
「えっ。国王様からだって」
一同は驚いた。マーカスが急いで扉を開ける。
「この度は、お待たせして申し訳ございません」
マーカスが扉を開けながら、使者にそう答える。使者は、
「いえ、朝早くに押しかけ、申し訳ございません。しかし、一大事ですので、火炎魔導士ジャスティナ様をお頼りしたく」
と短く答えた。そこで、使者の後ろから、透き通った少年の声がした。
「久しぶりです。ジャスティナ先生。」
そう言ったのは、サイだ。サイはジャスティナに、にっこりと笑いかける。将来は数多の女性たちを落とすであろう色気のある笑みだった。
「あら、サイ王子。お久しぶり。どうしたの?」
ティナはかつての魔導の教え子に対して、飾らずに応じた。
「朝早くに申し訳ございません。先生。見ての通り、季節外れの吹雪が吹き荒れております。この吹雪、放っておけば大惨事になります。こちら側で調べたところ、雪にはオールを感じました。つまり、人為により、吹雪が吹き荒れているのです。そこで、先生のお力をお借り致したいのです。おや、こちらの方々は? 」
「あら、私の夫のホダカよ。こっちは私のママとパパ」
「初めまして、皆さま。チーノ王国のサイ=チーノです。先生が結婚したことは知りませんでした。おめでとうございます。それに、ご両親。娘様には家庭教師をして頂き、大変お世話になりました」
サイ王子は片手を腰の後ろに添えて深々とティナ達に礼をした。
「サイ王子、早く頭をあげて。前からあなたは何も変わらないわね。平民にも貴族と同じように接して……」
「いや、私の国を支えてくれるのは、皆さまですから」
サイは偽りのない声の調子でティナに答えた。
「それにしても、雪が魔導によって降らされているなんてね。一体誰がそんなことを」
「私にもまだ詳しいことは分かりません。しかし、先生であれば、この雪、なんとかできるのではありませんか」
「ふふん。そう言われると頑張らなくちゃね。ちょっと待ってて支度するわ」
「ティナ、危ない真似はよしてくれよ」
横で二人のやり取りを見ていたホダカが口を開いた。
「あら、ホダカ。心配してくれるの?大丈夫。私はこう見えても王国最強の火炎魔導士ジャスティナよ。このくらいの吹雪ならどうってことないわ」
そう言ってティナは腰を手に当てて、胸を張って答えた。
ホダカはティナに初めて出会った日にティナから火炎魔導士であると自己紹介された時のことを思い出した。
「そういえば、ティナは凄い魔導士だったんだ」
ホダカは、コロッケ作りといった平穏な生活を通してみるティナとはまた違った一面が垣間見えた気がした。
「じゃ、少し待っててね。私、支度してくるから」
と言って、ティナは自室に向かっていった。帰ってくると、髪を整え、魔導士のローブに着替えてきたようだった。
片手には杖を持っている。その杖は深紅の水晶を先端に宿し、柄は樫の木のような丈夫な木で出来ていた。じゃーんとローブ姿を披露するティナにホダカは声をかけた。
「ティナのローブ姿、俺は好きだ」
「はは、ホダカさん。私も先生のローブ姿が好きですよ」
「ありがとう。ホダカ、サイ王子。さて、やりますか」
ティナはそう言って家のドアを開け、家の前の道路へと出てその真ん中で止まった。
そして、一同が傍で見守る中、ティナは両手で掴んだ杖を天にかざしてゆっくりと呪文を詠みあげた。
「我、母なる大地に根差し天を仰ぐ者。業火を欲し、その糧を得ん。ああ、精霊たちよ、我の望みに応えよ。さすれば、オールを与えん」
呪文を唱える間、ティナの周りの空気がシンと張りつめ地面から風が吹きあがり出した。ティナの朱色の髪が揺れ、ローブがなびいた。
『デクラ・カエナルン』
ティナのその合図とともに、地面からの風がティナの頭上に集まり始め、こうこうと音をたてながら円を描き始めた。やがて、それは幾つもの火の玉を纏い始め、それらが円の中心に向かい、大人二人分くらいの大きな火の玉となった。それは上空へと勢いよく上がり、マグマのような赤みを帯びて止まった。
それはまるで一つの小さな太陽のようなものであった。
「晴らして、この吹雪を」
ティナが小さく呟いた。すると、その太陽はキラキラと光りを放ち、光が雪をゆっくりと溶かし始めたと同時に、吹雪が徐々に止んだ。
ティナが上空に杖をかざしてから二十分ほど経つと、すっかりと吹雪は止み、町に積もった雪も消え去った。
「よし、こんなもんかしら」
ティナはそう言うと、また呪文を唱え始めた。
「我、精霊の働きに感謝せん。『カエナ』」
その一言をティナが呟いた瞬間、ティナが生んだ太陽は、花火のように上空で弾け小さな無数の火の玉となって、ティナの杖の深紅の水晶へ向かって飛んだ。
火の玉はごうっとうねりを立てて、水晶の中に収まっていった。
全ての火の玉が消え去ったところでティナは深く息を吐いた。
「ふう。疲れた」
ティナはその場にこてんと座りこんだ。
「大丈夫か」
そう言ってホダカがティナに走り寄った。
「うん、大丈夫。ちょっと腕をずっと上げてたから疲れただけ」
ティナはにっこりと笑った。
「先生、流石ですね。あれほどの吹雪を鎮めるなんて」
とサイ王子がティナを褒めたたえた。
「これくらいは楽勝よ。ちょっと腕と肩が疲れちゃったけど」
とティナが答えた。
「うちの娘は凄いものだ。なあ、ママ」
「ええ、自慢の娘だわ、パパ」
マーカスとカロリーナが口々にティナを褒めていた。
ホダカはそっとティナの肩に手を伸ばし、軽く揉んでやった。
「お疲れさま。ティナ」
「ありがとう。ホダカ」
ホダカの労いの言葉にティナは満面の笑みで答えた。
「皆さま、あれを」
サイが上空を指差した。その先には吹雪が晴れ、綺麗に虹がかかっていた。
「綺麗。朝からこんな綺麗なのが見れるなんて。頑張っただけあるわ」
「ああ、そうだな。ティナ」
一同が虹を眺めていたところ、バタバタと足音が聞こえ、魔導士の一団が現れた。
――ジール達だ。ジールを含めて十四人いる。
「なんてことだ。不思議な火の玉が上空に浮かんでいると思ったら吹雪を消し去ってしまった。その火の玉の下に来てみたら、魔導士がいるではないか。あれは魔導だったのか」
とジールが声をあげた。
「おや、あなた達がこの吹雪の元凶でしたか。そのローブ、ぺペン王国の方々ですね」
とサイが答えた。
サイはさりげなくティナ達の前に立ち、ティナ達を背にして、庇う様な体制をとっている。
「いかにも」
ジールが短く答えた。
「どうしてこのようなことをしたのでしょうか? 」
「我がチーノ王国とぺペン王国は紛争が起きそうなほど緊張状態が続いている。王の病気により、国力が弱っているぺペン王国は戦争になってしまうと不利だ。早急に緊張状態を解き、戦争はなるべく避けたい。だから、吹雪を起こし、この豊かなチーノ王国の首都機能を不全にすることで、戦争をする気力を失くしたかったのだ。我々は魔導士であると同時に聖職者だ。元々争いごとは好まない。同士達の間で考えに考え抜いた結果、この吹雪を起こすことにしたのだ」
「そうでしたか、どうです?また、吹雪を起こす気がありますか? 」
サイがジールをじっと見据えて尋ねた。
「いや、これほどまでの火炎魔導士がいる国には我々が束になっても勝てんだろう。元々、この吹雪を起こした後は、自首をするつもりであった。逃げ切らずに、君たちの前にわざわざ姿を現したのだしな」
「そうでしたか。これ以上、異変を起こすつもりがないのであれば、それは良かった」
サイはジールにそう応じて、緊張を解いた。
「私はこの国の第一王子、サイ=チーノと申します。あなたのお名前は? 杖を持ったあなたがこの一団のリーダーでしょう? 」
と言うサイに対して
「な、なんと。王子か。私はジールだ。この一団の長をしている」
とジールがサイに答えた。
「では、ジールさん。安心して下さい。チーノ王国はぺペン王国と戦争をするつもりはありませんよ。紛争のきっかけとなったオーリ地域の領土権の争いですが、ぺペン王国があの領土にこだわる理由を私なりに調べました。ぺペン王国は豊かな領土が少なく、国土の八十パーセントが砂漠地帯で覆われています。国民たちは氷魔導にて水を生み、少量の食物を育て、食いつないでいる状況です。オーリ地域はチーノ王国とぺペン王国の境界にありながら、豊かな広葉樹が多数生え、そこには多様な果物が実ります。自国民達を潤すためにも、あのオーリ地域が必要だったのでしょう」
「ああ、その通りだ。サイ王子。お若いのによく分析をされている」
「いえ、まだまだです。チーノ王国はぺペン王国へ作物と水を支援したいと考えています。今、その内容をまとめている所ですよ。少し、時間がかかってしまっていますが」
「なんと。良いのか」
「ええ。その代わりですが、私たちはぺペン王国に氷魔導の技術を教えて頂きたいのです。私たちの国民の多くは氷魔導が得意ではない。地域によっては全く氷魔導が使えず、食物の保管も出来ない。だから、あなたたちの技術が欲しいのです」
「ああ、なんてことだ。こんなに嬉しい日が来るなんて」
ジールはサイ王子の一言を聞いて涙した。仲間の魔導士達も声をあげて泣いている。
「あの、お腹は空いていませんか」
ホダカが涙するジール達に声をかけた。
「よく分かりませんが、ぺペン王国はあまり食べ物が採れないのでしょう。だったら皆さんもお腹が空いているでしょう。良かったら俺のコロッケ食べて行きませんか? 」
ホダカの独特なマイペースな発言にジールが反応した。
「うん、コロッケ? よく見れば、ここは先日食べたコロッケ屋の前ではないか。それに、こちらの女性はあの時のコロッケ屋の店員」
「ええ、まあそうよ」
ティナが答えた。
「あれ、お客様でしたか。どうです?コロッケ食べますか? 」
「是非、お願いしたい」
ジールはそう言ってホダカににっこり笑った。
その傍ではサイがコロッケとは何かをカロリーナに尋ねていた。
こうして、ホダカの二つの国を繋ぐコロッケ作りが始まるのであった。
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