第18話 コロッケに思いをのせて
コロッケ作りを提案したが、ホダカにはそれよりもどうしても先にやらなければいけないことがあった。
「コロッケ作り、是非やらして頂きます。だけど、数分だけ待ってください」
ホダカはその場にいた全員に声高らかにアナウンスした。その後、ティナをゆっくりと抱き起こして付き添いながら、家の中に入りティナの部屋まで連れて行ってやった。
ホダカは自分の背中に、まるで結婚式の親戚のように若い夫婦を暖かく見守っているような視線を感じた。
ホダカはティナの部屋に着くとそっと優しくささやいた。
「まだ、朝だよティナ。今日は起きてから色々あったけど、まだ日が昇ってないのだから、もう少し夢の続きをみなよ。いい夢を見るんだよ」
「ありがとー。ホダカ。ホダカはコロッケを作るんでしょ?私がいなくて大丈夫? 」
「大丈夫だよ、ティナ。ティナは休んでて。何とか出来るから。それにティナの分のコロッケも用意しておくからね。起きたら食べてね」
「ありがとう、私のダーリン」
そう答えるティナの額にホダカはそっと口づけをした。そして、ゆっくりとベットに寝かして布団を掛けてあげ、一同が待つ場に急いで戻った。
「すみません。皆様、待たせてしまいました」
コロッケ作りの提案後に、ティナとの甘い会話がなかったかのようにホダカは言葉を繋いだ。
「サイ王子、俺は今からコロッケ作りを行います。あなたが手伝ってくれませんか?いつもはティナが火炎魔導で補助してくれるのですが、ティナは先程の吹雪を鎮めたことで疲れている。ティナの教え子のあなただけが頼りです」
「そ、そんな。チーノ王国の王子がわざわざ料理してくれるなんて、恐れ多い」
ジールがそれを聞いておどおどした。
「ジールさん、それは分かっています。だけど、目の前にお腹が空いている貴方達がいるんです。俺は美味しい食べ物の前ではどんな人も平等だと思います。殊更、コロッケは皆に食べてほしいです。それはコロッケを作る時から、美味しい食べ物の前では皆平等という気持ちがないといけないんだ。それが、俺とティナとマーカスさんとカロリーナさんがしてきたことです。俺の店は開業してまだ日にちが経ってないが、徐々にお客さんが増えてきています。これからの俺の店はそうやって、どんな人にも美味しいコロッケを提供できる店にしたい。俺はそう考えています」
ホダカはいつの間にか熱が入り、コロッケに対する熱い思いを語っていた。
「はは、ホダカさんは素敵な夢をお持ちですね。是非、私に協力できることがあれば何なりと仰ってください」
それを聞いていたサイ王子は快く了承した。ジールはまた、涙を目に浮かべていた。
「ホダカ君。僕達も手伝うよ」
カロリーナとマーカスが申し出た。
「私にも何か出来ることがありますでしょうか」
サイ王子の使者も協力の意思を示した。それを見ていたジールは、
「わ、私たちにも何か手伝わせてくれ。迷惑をかけて食べ物を食べさせてもらうだけなんて厚かましいことは出来ない」
ジールの部下達も同じように俺も、私も、と声をあげている。
「皆、ありがとう。では、皆で作りましょう。皆に仕事を割り振りますよ。さあ、皆で美味しいコロッケを作りましょう」
ホダカはそう言って、食糧庫へと食材を採りに行き、その後仕事の割り振りを行った。
仕事の割り振りは大きく分けて、魔導士のジール達で構成されたジール班、マーカス、カロリーナ、使者のマーカス班、ホダカとサイ王子のホダカ班に分かれた。
その後、ジール班は居間の机、マーカス班はキッチン、ホダカとサイはキッチンの薪の前といったそれぞれのポジションへ移動した。
「よし、いよいよコロッケ作り開始だ」
ホダカは大きな声で各班に聞こえるように宣言した。
「それじゃ、ジールさんたちは
ホダカはジール達の前でそれぞれ一つずつ皮を剥いて実演してみせた。
「えっ、毒? おう、わかった」
ジール達はハートリーフに毒があるということに衝撃を受けたが、ホダカに言われるがままに皮を剥いた。
「カロリーナさんとマーカスさん、それに従者さんは、肉を解凍して潰してくれますか? 肉はこちらを使ってください。コツは解凍し過ぎずに半解凍の状態で肉を包丁で叩くことです」
ホダカはそう言ってまだほんの少し凍ったままのモールとオークの肉の塊を三人の前に置いた。
「ああ、ホダカ君、分かったよ。『カエナ』」
マーカスがそういって使者とともに小さな火を起こし、丁度いい具合に解凍していく。カロリーナは逆に二人の火で肉が焼けてしまわない様にレイカで、温度を調節した。
半解凍になったところでホダカが包丁を2本、マーカスと従者に渡して、
「こうやってひたすら細かくなるまで叩いてください」
と肉を潰してミンチ肉を作る方法をやってみせた。
トン、トン、トン。
「これは思ったよりも骨が折れる仕事ですね」
使者がそう言うと、ホダカは
「これが、美味しいコロッケの味を決める大事な工程なんですよ」
と答えた。
「では。サイ王子、俺達も本格的に作り始めますよ。まずは火をつけてください」
「はい、承知しました。『カエナルン』」
ボウッという音とともにキッチンの薪に火がついた。
「次に、皮を剥いた
「わかりました」
サイ王子はジール達から皮を剥いたライチオンを受け取ってホダカの隣に帰ってきた。ホダカはそれを包丁であっという間にみじん切りにした。
「慣れていますね」
「はは、これくらい余裕ですよ」
感心するサイ王子にホダカは答えた。
「よし、
サイ王子はまたジール達のところに行って、ハートリーフを受けとってきた。少し重たいようだったので、ジールが一緒に運んできた。
「よいしょっと。ホダカさん、この辺に置きますよ」
ドンっとサイとジールがハートリーフが入った鍋を置いた。
「ありがとうございます」
それにホダカが水を加えて、ハートリーフが浸かる程度にひたひたにした。その後、その鍋を火にかけてハートリーフが柔らかくなるのを待った。
その間、ホダカは
「よし、いい頃合いかな」
ハートリーフに火が通った頃合いでホダカは鍋を火から外して、ジール班に運んだ。
「これの水気を切って、潰してくれますか」
そう言ったホダカにジール達をおうっと景気の良い返事をして、ハートリーフを潰し始めた。
「マーカスさん、お肉の方はどうですか? 」
「だいぶ、小さくなってきたぞ。これくらいでどうかな」
「いいですねー」
ホダカがみると、ちゃんと合いびき肉のミンチになっていた。
「よし、じゃあ、
ホダカはフライパンにライチオンのみじん切りをのせ、炒めた。キツネ色になった段階で、モールのバターと合いびき肉を足し入れる。
「サイ王子、少し火を弱めてくれますか? 」
「承知しました、『カエナ』」
そう言って、サイ王子は火加減を調節した。ティナの教え子であるサイ王子は火加減の調節を簡単にやってのけている。
そこにホダカは塩、
その後、それをジール達のところに運び、潰した
「結構、力がいるな」
ジールがそう言いながら、
「ええ、でもここからが楽しいですよ」
良く混ざり合ったところで、ホダカは拳ほどの大きさに丸めてコロッケのタネを一つ作った。
「こうやって、一つずつ丸めていくんですよ」
ホダカはマーカス班も呼んできて、皆で一緒に丸めた。
タネはざっと100個は出来た。
「よし、後は小麦粉と
ホダカはそう言って、出来たタネを順番に絡めていった。
「今から、揚げますよ」
ホダカはタネを一つずつ手に取ってキツネ色になるまで揚げていった。
「いい匂いがしますね」
サイ王子が鼻をひくひくさせている。
「お腹が減ってきたぞ」
ジール達もそう言って、コロッケが揚がるのを楽しみにしている。
ホダカは油の中で丁寧にコロッケを転がした。
「さあ、出来ました」
ホダカは油からコロッケを取り出して、重ねてある新聞紙の上に一個ずつ置いていった。
それをカロリーナが包んで、一人一人に配っていった。
「おおー。これがコロッケですか」
「そうだ。美味しそうだろう。私は決行前にこの誘惑に負けてしまってしまったのだ。」
ジールが仲間にそう話していた。
「ほほう。これがコロッケですか。城下町でこのような物が売られているとは知りませんでした」
サイ王子が目を輝かせて、渡されたコロッケを見つめている。使者はその傍で自分の手の中のコロッケの香りをかいでいた。
「さあ、皆さん。これは、俺達が皆で作ったコロッケです。そこにはチーノ王国もぺペン王国といった境などありません。目の前には皆で囲むコロッケだけ。皆、美味しい物のためには手を取り合い、食卓を囲むことが出来るんです。さて、召し上がれ」
ホダカがその場にいた全員に向かって言った。
「ああ」
一同がそう言って、コロッケにかぶりついた。
「う、うまい。なんてうまいんだ。この食感はなんだ」
というジールの仲間たちに対しジールは
「ああ、揚げたてだと前に食べたときよりも、もっと美味しいな」
「これは、美味ですね。城で食べたどのような食べ物よりも美味しいです」
サイ王子がカロリーナとマーカスに向かって言った。その横では使者がコロッケをひたすら、黙々と食べている。
「ふふ、サイ王子。是非、今度、王様にも食べさせてあげてください」
カロリーナが笑顔で答えた。
「ちょっと、マーカスさん。揚げるのを代わってくれますか? 」
「分かった」
まだ残っているコロッケのタネを揚げ続けていたホダカが、マーカスと役目を交代した。その後、ホダカはティナを呼びに二階に行って、ティナを起こした。
「ティナ、コロッケが揚がったよ。皆で作ったんだ」
「う、ううん。コロッケ? わーい」
ティナはその単語を聞くとベットから飛び起きてキッチンの方に急いで向かっていった。
「パパー。私にもコロッケちょーだーい」
「ああ、はい。ティナ」
そう言ってマーカスは新聞紙の上にコロッケを一つ置いた。
「いただきまーす」
寝起きにも関わらず、ティナはコロッケをパクリと食べた。
「うーん。やっぱり、美味しー」
ティナは満面の笑みでそう言った。
「俺にも一つもらえますか? 」
ホダカはマーカスに言った。
「ああ、はい。どうぞ」
マーカスがコロッケを一つ油から取り出して、新聞紙の上に置いた。
「うん。美味い。やっぱり異世界コロッケは最高だ」
小さな声でそう呟いて、ティナ達を眺めた。
皆は思い思いにコロッケの感想を述べたり、料理するときに苦労を語りあったりしている。
「ああ。こうしてコロッケが繋ぐ絆を大切にする店にしたいな」
ホダカは心の中でそう思った。
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