第16話 波乱
ホダカとティナのお店である”グーワ・マッシュ”は開店三日目を迎えた。ティナが今日も元気に扉を開ける。
「いらっしゃいませー」
掛け声と共に、ドバッと人が流れ混んできた。狭い8畳程の店内があっという間に埋まった。
「あの、コロッケをひとつ下さい」
そう言ったのは、ストレートヘアーを腰下くらいまで伸ばした女性だ。
「私も、コロッケを。五つ下さい」
別の女性の声もする。
「俺もだわん。コロッケを十個欲しいわん」
中には一度、ホダカのコロッケを食べてくれた獣人族もいるようだ。
「だーめだみゃ。みんな、ちゃんと並ぶみゃ。あたしが一番ノリみゃ」
どうやら、ミリカもやって来たようだ。
「並んでくださーい。順番にお伺いします」
ティナが大きな声で叫んだ。ホダカがいるキッチンまで聞こえてくる。今日はタネを六十個作っている。
この勢いならば、昼まで待たずに売り切れとなるであろう。二日間で既にリピーター客がついたのだ。これも、ミリカやマーカスのパン屋の常連の主婦の発信力のおかげだろう。
「ホダカー。一番さん、コロッケひとつ、二番さんはコロッケ五個、三番さん、コロッケ十個お願いしまーす」
ティナが良く通る声でキッチンにオーダーをする。
それに合わせてホダカは必要なタネの数を数えて揚げる。
「次は四番さん、コロッケ八つ」
「あいよー」
ホダカとティナの連携も様に成り、店は活気に溢れていた。ホダカがティナに出来上がったコロッケを渡す。
「今日はコロッケが飛ぶように売れるな」
「うふふ、ホダカと私で頑張っただけあるね」
二人は顔を合わせると嬉しさを分かち合った。
そうこうしているうちにコロッケはあっという間に売り切れたのだ。
そして、店の片付けを終え、ティナとホダカは居間に移動して、ひと息ついた。ティナが椅子に座り、足を投げ出して呟いた。
「ふうー、疲れたー」
「俺も疲れたよ、ティナ。おつかれさま」
ホダカも疲れていたが、ティナの足裏をマッサージしてあげた。手のひらに収まってしまうのではないかと思うほど小さい足だ。
「いたた。気持ちいい。ありがとう」
ティナは満面の笑みを浮かべて、ホダカに礼を言った。ホダカはその笑顔が愛おしく、マッサージに一層の力がこもった。
「いててて」
ティナが苦悩の表情を浮かべるので、ホダカは心地よいツボを探した。
「あっ、そこ。気持ちいい」
ティナは気持ちよさに酔いしれ、別世界にいるような表情をしている。
「あらあら、仲が良いわね」
「おっ、ホダカ君。僕も揉んでくれよ」
マーカスのパン屋の仕事もひと段落ついたようで二人が居間にやってきた。
「いいですよ。でも僕のティナがこの世界に帰って来てからですね」
「私、ずっとこの世界にいたいわ。」
「それじゃ、俺に会えなくなるな」
「えっ、それはイヤ。ホダカと離れたくない」
「はは、じゃあマッサージは中止だな」
ホダカは足裏を押す手を止めた。
「えっ、辞めちゃうの?ホダカのいじわるー」
ティナの頬が膨れた。
「冗談だよ。もう少し揉んでやるから」
ホダカは小さな足をまた手に取り、ゆっくりと揉んでやった。
ティナは幸せそうな表情をして、椅子に座っていたが、やがて、睡魔が襲ってきてコクリコクリと眠りについた。
ホダカはティナをゆっくり、起こさないように抱きかかえ、寝室のベットに寝かしつけてやった。
その後、ホダカは居間へと戻り、マーカス達と数刻の間、談笑したあと、自室に行って、目を閉じて、深い眠りについた。
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ホダカ達が眠りについた頃、灰色のローブを来た魔道士の集団がロロンの城壁に姿を現した。
彼らの長であるジールは横並びに並んだその集団の中心に立ち、身の丈程の杖を左手に取り、右手の平を正面に突き出してこう唱えた。
『デクラ・レイカルン』
彼に合わせた周りの魔導士達も手のひらを正面に突き出して唱えた。
『レイカルン』
たちまち猛吹雪がロロンの街を襲った。
ホダカ達は外が吹雪で埋もれてしまおうとも、コロッケ屋開店直後の三日分の疲れを癒す深い眠りからすぐには目を覚ますことが出来なかった。
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