第15話 開店二日目
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ロロンの町のとある所で、ある集団が一か所に集まっていた。彼らは全員魔導士で変装を解いて、それぞれの愛用のローブを着て、広い円卓を囲んで座っていた。
その中のリーダーと見られる身の丈ほどの杖を抱えたものが、一言発した。
「みな、すまん。誘惑に負け、町人に顔を見られてしまった」
「ジールさん、どうしたんですか」
魔導士のうちの一人が尋ねた。ジールという名のリーダーは静かに腰を上げて立った。
「実は、獣人族が朝方にもかかわらずに嬉しそうにあるお店を出ていくもので、その店に入ってみたのだ。そこにはコロッケと言われる食べ物があった。ハートリーフを丸めて揚げたもののようだ。とても良い香りがしてな。一つ、買って食べてしまった。その時に顔を見られてしまったかもしれぬ。いよいよ、明日の夜、任務決行という時にすまぬ」
「な、なんと、ジールさん。ま、まあ。食欲は三大欲求の一つですからね。というか、ハートリーフって食べられるんですか? 」
「ああ、これが本当に美味しくてな。初めての食感なんだよ 」
先程までの神妙な面持ちとは打って変わって、ジールは嬉しそうに仲間たちにコロッケの話をした。
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開店して二日目の朝がやってきた。今日の店内のメンバーはカロリーナとティナだ。
二日目は、陳列棚にコロッケを並べずにティナが客の注文を受け付け、ホダカがコロッケを揚げ、新聞に包み、ティナが客に渡すというやり方に変えた。そして、客にコロッケが売ってあることを分かってもらうために、”コロッケ売っています。未知の食感の食べ物です。”という案内をカウンターに貼っていた。
これならば、客に揚げたてのコロッケを食べさせてあげられるとホダカは考えた。
今、ホダカは店の奥のキッチンでマーカスと一緒にいる。いつでもコロッケを揚げられるように待機しているのだ。
ホダカの目の前には三十個のコロッケのタネが置いてあった。昨日、昼までにコロッケが売れたので、仕込みの時間を確保できると思ったホダカは、ティナと一緒に次の日のコロッケのタネづくりをしたのだ。そのときにコロッケのタネをいくら仕込めばいいかという話をホダカはティナとじっくりと行っていた。この当たりの事をしっかり考えることが出来れば、廃棄が少なく無駄のない運営が出来る。
「いくらタネを作ろうか、ティナ」
「うーん、お昼までに売れて、思ってたより早くなくなったし、倍の六十個ほどはどうかな」
「そうだな、多めに作るのもいいな。だけど、ほとんどミリカが無理やり連れて来た獣人族のおかげだ。開店ボーナスみたいなものだ。まだ、常連客の数も予測できない段階だ。俺は、また三十個だけ作って様子を見るというのがいいと思うんだ。それに、いっぱい売れたとしても、コロッケ作りは俺とティナの二人だけでやっている。夕方までコロッケを売っていたら、次の日の仕込みの時間が夜遅くになってしまって寝る時間がなくなってしまう。ティナの健康のためにもそれは避けたい」
「それもそうね。ホダカの言う通りだわ」
「ああ、まずはしばらく三十個ずつ作ってこれをしっかりと売るということから始めよう。」
そういった会話を元に仕込んだ三十個を見つめてホダカは今日も売れるだろうかとドキドキしていた。開店時間になった。
「開店でーす」
ドアを開く音とともに、ティナの可愛らしい声がキッチンまで聞こえた。
まずは、マーカスのパンを買いに来た客がやってきた。
マーカスの店の常連だ。エプロンをしたふくよかな女性で食べ盛りの子供が三人いるようだ。彼女は二、三日に一回はパンを買いにきていた。
「あら、いらっしゃい」
「おはよう、カロリーナさん」
「あら、コロッケってなにかしら」
常連の彼女は直ぐにいつもとは違う案内に気づいてカロリーナに尋ねた。
「これは、あれよー。この前、私の婿がハートリーフを使った新しい料理を出すって話していたじゃない。これがその料理よ。コロッケっていうの」
「あら、ティナちゃんの。へー。ハートリーフねー」
「健康にもいいんだから。婿の話ではビタミンっていうのが豊富に含まれていて、
体の調子が良くなるんだって」
「あら、そうなの。ハートリーフにそんな効果があったのね。どれ、それじゃいくつかもらおうかしら。どうやって買えばいいの」
カロリーナが話の流れで上手く購入に誘導し、彼女が欲しくなったところでティナが口を開いた。
「あの、欲しい数を言っていただければ、私の夫が出来立てを用意するわ」
「あら、出来立てを。いいサービスね。それなら夫と、わたしと子供たちで五ついただけるかしら」
「五百チルです」
「はい、ティナちゃんどうぞ」
彼女がコインを渡すとティナがキッチンに向かって声を上げた。
「コロッケ五つ、一番さんの注文入りましたー」
「りょうかーい」
ホダカはティナに返事を返して、コロッケを揚げ始めた。
注文が重なった時も混乱しないように一番、二番、三番などと、区別するようにしようとホダカがティナに言ったことを、ティナは忘れずに実践していた。
そんなティナを頼もしく思いながら、ホダカはコロコロと油の中でコロッケを転がし、均一に色が変わるように揚げた。それを新聞紙でくるんで、ティナに渡した。
客は待っている間、マーカスのパンを選んでいた。
「出来ましたー」
袋に詰め終えたコロッケをティナが客に渡した。
「あら、良い匂い。一つだけ、ここで食べていいかしら。わたし、今、食べたいわ」
彼女が目を輝かせてそう呟いた。彼女はおもむろに袋からコロッケを取り出して口に運んだ。
「あつっ。うん。おいしーい。なにこれー。なにこの優しいお味。たまらないわー」
彼女の歓喜の声がキッチンまで聞こえてきて、ホダカは嬉しくなった。
「わたし、ハートリーフが食べられるって知らなかったけど、こんなに美味しいのね」
そう言って彼女は店を出ていった。
それからしばらく、正午になろうという頃まで、コロッケを買う客はいなかった。
「今日は、五つだけしか売れないのかなー」
キッチンにやってきたティナが寂しそうに呟いた。
「まだ、時間はあるさ。気長に待ってみよう」
ホダカ自身も不安になりながら、ティナを励ました。
っとそこにドアが開く音がした。
「いらっしゃいませー」
ティナが慌てて店の方に駆けだしていった。
「あれ? 」
ティナが入ってきた客をみると先ほど五つコロッケを買った、マーカスのパン屋の常連客だった。
「えへっ。あまりにも美味しくてお昼も来ちゃったわ。子供達ももっと食べたいっていってね。それにご近所さんにも声をかけてきたの」
ふくよかなその女性の後ろから、三人ほど、婦人方が控えていた。ひとりは緑の長袖の服をきた女性で、もう一人は赤いカーディガン、そして、もう一人は黄色いセーターを着ていた。
それぞれが、コロッケを注文した。
まず、常連客が四つ、長袖の女性は六個、カーディガンの女性は三個、黄色いセーターの女性は、残りあるだけ全部と言った。
黄色いセーターの女性の息子が誕生日なもので、息子の友達が何人か家にやってくるためにコロッケを用意したいようだ。
ティナが注文をキッチンに通した。
ホダカはただひたすら、コロッケを揚げた。急にまとまった注文を一人でこなさなければならなかったが、ホダカは楽しかった。
揚げ終えた瞬間、ホダカを達成感が包んだ。
揚げたてを抱えた婦人方は一つずつ食べながら店を出て行き、美味しいなどと楽しそうに話ししながら、それぞれの家へと帰っていった。
「急に全部売れたね。やったね。おつかれさま、ホダカ」
ティナがホダカを天使のような笑みで見つめたあと、肩に手をまわして軽くもんだ。
「ありがとう、ティナ。ティナもおつかれさま。カロリーナさんもサポートありがとうございます」
「うふふ、いいのよ」
その後、ティナとホダカは次の仕込みを行った。
今度は五十個用意することにした。夕方までには仕込みが終わり、ホダカとティナはご飯を食べ、ゆっくり会話をしながら眠りについた。
こうして二日目が終わったのであった。
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