第三部 開業、グーワマッシュ

第14話 開店一日目

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 チーノ王国の城下町、ロロンの門をある一団が通過した。

 それは毎日一人ずつ、町人や荷物に紛れてロロンの至る所に忍び込んだ。

 彼らの中に一人、身の丈ほどの杖を持つものがいた。

 彼は灰色のローブに身を包み、静かに時が熟すのを待つのであった。

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 ホダカはコロッケが完成したことに満足していた。しかし、何かが欠けている気がしていた。しかし、ホダカにはそれが何か分からなかった。


 この日、ホダカを訪ねて、ミリカがやってきていた。食材を運んできたのだ。

ミリカは食材をリアカーから下ろした。

 「コロッケ完成、おめでとうみゃ。開店準備は順調かみゃ? 」

 「ああ、明日の開店が待ち遠しいさ」

 ホダカは荷下ろしを手伝いながらそう答えた。ミリカの万物商店フール・トールへの仕入れ代金の支払いは、

「コロッケ屋の売上が軌道に載ってからで良いみゃ」

との寛大なお言葉をホダカはミリカからもらっていた。

 先日、ホダカが正直にお金がないことをミリカに伝えると、ミリカは

「ティナのパートナーになったのだから、特別にツケておいてやるみゃ。返せる時に返すみゃ。その代わり、必ず成功されるみゃ」

 と言って、支払い猶予したのだ。

 「明日はいよいよ開店だ。ティナのためにも、ミリカにきちんと支払いするためにも頑張るぞ」

 ホダカは心にそう決めた。


 その後ミリカと世間話をして別れ、店内を掃除し仕込みをしたのだった。


 ホダカとティナの店、”グーワ・マッシュ”が開店した。

 店名には

 「お腹が空いたら、ハートリーフの根ジャガイモを食べよう」

 という意味が込められている。マーカスのパン屋の店の名前の”グーワ”とホダカの店の名前の”グーワ“が被ってしまっているため、ホダカの店の看板は、マーカスの店の名前の下に”マッシュ”と書かれた看板を掲げることで完成された。既存の看板に”マッシュ”を付け足しただけだが、看板には、質の良さそうな木のプレートを使っているため、見栄えが悪いことはない。ホダカのコロッケ屋が軌道に載るまでは、マーカスのパン屋の店内に陳列棚を間借りしたスタイルで、ホダカは店を経営することになる。


 開店の十五分前、ホダカは昨晩のうちにティナと二人で作って置いたコロッケのタネを揚げ終え、マーカスが貸してくれた陳列棚にコロッケを並べていた。パンが陳列してある棚は三段あり、その棚のうちの一番上の左のレーンをコロッケ用に借用していた。ふと、ホダカは重要なことに気がついた。それは、今まで心に引っかかっていたことだ。


 「レタンキャベツがない」

 そういえば、ミリカが調達したものには含まれていなかった。ミリカは忘れていたのだ。そしてホダカも気づかなかったのだ。ホダカにとってはコロッケとキャベツはセットでないといけないという考えがあった。しかし、ないものは仕方がない。

 「コロッケ自体を作ることに熱中しており、見落としてしまったのか」

ホダカは思った。

 「どうしたものか」

ホダカは悩んだ。何か代わりになるものはないか、辺りを見回した。

 「棚にあるのはパン。カウンターにあるの…。うん?」

ホダカの目はあるものを捉えた。

 「新聞だ」

 それはマーカスが仕事の合間に読んでいた新聞だった。

 「よし、これに包むぞ。テイクアウトスタイルだ」

 ホダカは新聞を一枚ずつ手に取り、それを半分のサイズに切った。

 「ティナ、手伝ってくれ」

 ホダカはティナを呼び、コロッケを新聞紙で丁寧にくるんだ。

 「よし、新聞でコロッケを巻いたことでレタンキャベツが無くてもなんとかなったぞ。これなら持つ所もあるし、食べ歩きにも対応したことになる。これがグーワ・マッシュのコロッケだ」

 ホダカは開店ギリギリに何とか店の独自のコロッケを完成させたのだった。

そして、30個ほどのコロッケを包み終え、陳列棚に並べた。

 

 「グーワ・マッシュ開店でーす。」

 ティナがドアを開けた。お店のカウンターに立つのはホダカ、ティナ、カロリーナといったメンバーだ。マーカスは店の奥でひたすらパンを焼いている。カランカランという音とともに、ミリカがやってきた。

 「よっ、ティナ、ホダカ、来てやったみゃ」

 「ありがとーね、ミリカ」

 ティナが満面の笑みで返した。


 「眠いのを我慢して来てやったみゃ。感謝するみゃ。さて、おみゃー達のコロッケ、食べてやるみゃ」

 ミリカが棚からコロッケを取った。

 「一個、百チルです」

 「わかったみゃ」

ミリカがポケットからコインを取り出して、ティナに払った。

 「さて、どれどれ」

 ミリカは支払いを終えるとすぐにコロッケにかぶりついた。

 「う、うみゃーみゃ。何だこの初めての食感はサクサクっとしたパンの衣の中に、どう表現していいか分からない食感を感じるみゃー。これがハートリーフなのみゃ? 」

 「ミリカ、そうだよ。それで、その食感はホクホクと言うんだよー」

ティナがミリカに教えてあげた。

 「ホクホク? この食感をそういうのか。初めての食感だみゃ。肉の味と合わさって、すごく美味しいみゃ」

 「うふふ、ありがと。ミリカ」

 「仲間の獣人族にも食べさせてやりたいみゃ。待っておれ。すぐに仲間を叩き起こして、連れて来るから」

 ミリカはそう言って、先程かぶりついたコロッケを口に咥えたまま、店を飛び出して商店街の方へ駆けていった。


 それから、しばらく、マーカスのパン屋が目当ての客がやってきた。しかし、そのパンの横に並べられたコロッケを買おうとするものはいなかった。ホダカはコロッケの事を知ってもらおうと、客にハートリーフを揚げたものであることを説明したが、ハートリーフを食べる習慣がないため、客は興味がなさそうであった。

 「ごめんなさいねー。ハートリーフを食べるのはちょっと……」

 その客はそう言ってマーカスが作ったパンだけを買って店を出て行った。

 「はあー、売れないねー。ハートリーフ、美味しいのになー。一度でも食べてくれれば分かるのに」

 ティナがカウンター越しにそう呟いた。

 「まだ、始まったばかりだから仕方ないわよー」

とカロリーナが返した。

その後も何人かマーカスのパンを買いにきた客はいたが、ホダカのコロッケに興味を示すものの、購入には至らなかった。


 そうこうしていると、ミリカが戻ってきた。

 「仲間を連れてきたみゃ」

ミリカとともに猫耳をつけた獣人族が二人、店に入ってきた。

女性の獣人族で一人が栗毛、もう一人が白色の毛をしている。

狭い店内が急に窮屈になった。

 「ふぁー、寝てたらミリカに叩き起こされたちゃ」

 「そうにゃ、ミリカ。ここはどこにゃ。まだ眠いみゃ」

二人は夜行性のようで、ミリカに寝ているところを起こされたと思ったら、ミリカのリヤカーに載せられて、無理やり連れて来られたらしい。

 「そんなこと言わずに食うみゃ。目を開くみゃ。いくらもってるみゃ。早くお金を払うみゃ。絶対に損はさせないみゃ」

 「まあ、ミリカちゃんったら強引なんだから」

カツアゲのように矢継ぎ早にミリカが二人に迫ったので、カロリーナがミリカを嗜めた。

 「気にするみゃ、カロリーナおばさん。ほれ、早く金を出すみゃ」

ミリカはまだ、強引に二人に詰め寄った。二人とも寝起きで頭がまだ回っていない様子だ。ほれ、っとミリカの言う声に合わせて二人とも、こくりこくりとしながら、ポケットからお金を飛び出して支払った。

 「よし、払ったみゃ。食うみゃ」

そう言ってミリカは棚からコロッケを二つとって、無理矢理、二人の口にコロッケを突っ込んだ。

 「うご。息ができ…。うん? お、美味しい。何、この食感は」

 「うも、もぐもぐ。うん、うまいにゃ。目が覚めるにゃ」

 二人ともあっという間にコロッケを食べる終えた。

 「今、手持ちはのお金はこれだけだっちゃ。何個買えるちゃ。仲間に配りたいちゃ」

 「二つです」

 二人のうち、栗毛の方から嬉しい申し出があったので、ホダカが答えた。

 「なら、二つくれっちゃ」

 「ありがとー」

 ティナが丁寧にラッピングして彼女に渡し、二人ともミリカと共に退店した。


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 突如、彼がグーワ・マッシュにやって来た。

 夜以外に獣人族を見かけることは少なく、獣人族の二人がホクホクした表情で店から出る様子を見ており、興味が湧いたからだ。彼は客として入店したのだ。彼は灰色のローブに身を包み、身の丈ほど杖を抱えたまま入店した。その装いに店員の朱色の髪をした女性がびくっとしていた。――ティナだ。

 彼女に対し、

「ひとつ。いくらだ」

と彼は短く言葉を発した。右の口角を少しだけ上げてにやりとしている。

「ひ、ひとつ百チルです」

ティナがそう伝えると彼は、投げるようにお金を払った。

そして、彼はコロッケを手に取って食べた。

「美味い」

そう一言だけ言うと彼はすぐに店を出ていった。

「ちょっと変わった人だったね」

「ああ。色んな客がいるだろうから、ああいう人も大事にしないとな」

という声が店内から聞こえてきたのを彼は聞いた。

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 ホダカとティナは次の客を待つ間、雑談をしていた。

 しばらくすると今度は犬型の耳をした獣人族がやってきた。どうやら、ミリカに聞いたらしい。彼は眠たい、眠たいと言いながらもコロッケの匂いをクンクンすると直ぐに涎を垂らしていた。

 「ひとつおくれわん」

 彼の希望にティナが応じて、コロッケを手渡ししてあげた。彼はコロッケを口に運んだ。

 「美味いわん。美味すぎわん。なんて食感だわん」

 その獣人族はうんうん頷いた。

 「ホクホクっていう食感よ」

 ティナが彼に教えてあげた。

 彼はコロッケの食感に負けないほど、顔をホクホクさせて店を出ていった。


 こうして、何人かの客とミリカの知り合いの獣人族が店にやってきたお陰で昼頃には三十個ほどあったコロッケは全てなくなった。


 「うん。ミリカのお陰で獣人族は芋づる式に来てくれた。反省点としては、あんなに喜んでくれるならば揚げたてのコロッケを食べさせてあげればよかったな」


 ホダカはグーワ・マッシュの開店一日目をなんとか終えたのであった。

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