第11話 二人の門出
ミリカがリアカーから荷下ろしするのをホダカは手伝いながら、彼女がすでにロロンの町中に品物を届け終え、最後にこの家にやって来たということを知った。
ホダカはミリカが持ち込んだ品々を机の上に並べて一つずつ手に取って確かめた。
ホダカは感嘆した。その品々のどれもこれもが、こだわりある一級品たちであるとホダカにもすぐに分かったからだ。
「手に取っただけで分かる。いい品ばかりだ」
「そうだろみゃ。そうだろみゃ。あたしの腕はなかなかだろみゃ」
ホダカはミリカには自画自賛する権利があると思った。実際、ミリカの調達能力は凄まじく、ここまでの物を数日で用意できた彼女の手腕には恐れ慄くしかなかった。
そのスピードとサービス品質はまさに、ホダカのいた世界のネット通販並みだった。
「まずは、あたしが思う食材を食べてみて欲しいみゃ。これらは試供品みゃ。気に入ったら、お店での購入を考えるみゃ」
ミリカが言うようにホダカは届いた”この世界でのコロッケ作り”に用いる食材の味を一つずつ試した。
「サラダ油にはロロン郊外の畑で採れたテーネから採れる油、卵にエッキ村でとれる新鮮なシー・ロックチョウの卵、砂糖には獣人族が育てているシンサイの木の甘い汁を精製した粉、こしょうにはランカ公国のパッラの小さな木の実を乾燥させてすりつぶした粉を用意したみゃ。ご賞味あれみゃ」
ホダカの味見に合わせてミリカが一つずつ解説を付け足してくれた。どれもホダカが元いた世界の食材に同等かそれ以上の味だった。特にシー・ロックチョウの卵とパッラの実が特筆すべきものであった。
「このシー・ロックチョウの卵はとてもコクがあって美味いね。それにパッラの実は、俺のいた世界の物よりも香りが強くて食欲をそそる」
「ふみゃー、流石だみゃ。シー・ロックは一般的にロロンの町で出回っているダイ・ロックチョウよりも甘みがあって味わい深いんだみゃ。残念なことは、エッキ村の人たちは商売に熱心でないことみゃ。だから流通量が少ないんだみゃ。それをあたしの調達能力で補ったんだみゃ。それに、パッラの実は特注品だみゃ。獣人族の一部はその辺に生えているものをなんでも口に運んでいるみゃ。そんな変わり者の中に、辛い木に目がない商人がいたみゃ。そいつがおやつ代わりにそのまま齧っていたのが、パッラの実だったみゃ。あたしはあんな辛いのをそのまま食べるなんて馬鹿だと思ってたみゃ。だけど粉にしたらホダカが探していたものに似ているかもしれないと思ったみゃ。それで、そいつに言って、仕入れルートを確保したみゃ」
ミリカが自慢気に話すのも納得の品々だったため、ホダカはコロッケ屋を持つことに一歩近づいたと確信した。
「ハートリーフとライチオンと肉の試供品も持ってきたみゃ。どれも新鮮だみゃ。獣人族には穴掘りが得意な農家がいてみゃ、そいつにハートリーフとライチオンを
たーんまり用意させるみゃ。肉は、あたしのいとこの牧場から取り寄せるみゃ」
「本当にありがとう、ミリカ。うん、オークも牧場で育てているのかい? オークは二本足の知能があるモンスターだろ? 」
「なーに言うみゃ、あいつら確かにモンスターみたいな力があるけど、4本脚のブヒブヒ鳴く太ったいきものみゃ。飼うには、それなりにコツがいるけれど獣人族にとっては簡単だみゃ」
ホダカは、オークというものについて敢えて聞いてこなかったが、ホダカがいた世界のブタに酷似した生き物であろうことに安堵した。
「しかし、獣人族。穴を掘ったり飼育まで得意なのか。羨ましい」
ホダカは来世では獣人族として生まれ変わりたいと思った。ホダカの頭の中は獣人族への憧れに支配された。
「あんた、今回は試供品だからいいみゃ。だけど、次にこれをお店におろすときはお金をもらうみゃ。ティナの紹介だから安くしておくけど、お金はあるのかみゃ。今度はきちんとお金を頂くみゃ」
ホダカは憧れから現実に引き戻された。ホダカは一文無しであった。それに店もまだなく、開く場所も確保出来ていなかった。そういった大事な事柄を忘れて食材探しにのめり込んでいたのだった。
ミリカが帰ったあとにホダカは、悶々とそのことを考えていた。
しかし、力もなく、この世界の言葉も書けないホダカにはどうすることも出来なかった。食材探しの障壁の後には、資金の障壁があったのだ。ホダカは自室を行ったり来たりしながら解決策を考えた。だが、答えが出てこなかった。
そのような時にさっきまでパン屋を手伝っていたティナがホダカの部屋の扉を叩いた。
コンコン。
入っていいかしらと言うティナに対して、ホダカは自ら扉を開けて出迎え、パン屋はもう手伝わなくていいのかいなどと他愛ない会話をした。
「そういえばホダカ。ミリカが来てたようだけど、新しい食材はどうだった? 」
「ああ、どれも素晴らしい食材ばかりだった。きちんと俺がいた世界の代わりになるものばかりだ。ミリカは凄いよ」
「ふー、そうかよかったー。ミリカはね、開業してまだそんなに経ってないけど、何でも手に入るってお店で最近人気なの。ゴーレ通りのミリカのお店に行って良かったわ。もうあんな怖いところ行きたくないけれど」
ぶるっと震えながら言うティナにホダカは笑った。
「そういえばホダカ、パパが呼んでいたわ」
「マーカスさんが?なんの用だろう」
「さあ分からないけれど、大事な話があるって。ホダカが行くなら私も
一緒にパパのところに行くわよ」
マーカスがこんな時間にホダカを呼び出すなんて珍しいことだった。
ホダカはティナに連れられ、とりあえずマーカスがいる店の厨房へ向かった。
「マーカスさん、どうしたんですか」
厨房でパンの仕込みをしていたマーカスとカロリーナを見つけ、ホダカはマーカスに声をかけたが、ティナの
「パパー、ホダカを連れてきたよ」
という声にかき消された。
「やあ、ホダカ君。君とゆっくり話がしたくなってね。あまり時間が取れないから仕込みをしながらでもいいかい」
思えばホダカはここ最近マーカスとゆっくり話をしていない。マーカスがパン屋を再開してから忙しそうにしていたからだ。
「ええ」
とホダカは了承してマーカスに耳を傾けた。
「実はね、ホダカ君。こんなこと言うのもなんだが、ティナをもらってやってくれないか」
「な、なに急にそんなこと言っているのよ、パパ」
ティナが一瞬で顔を真っ赤にして、マーカスに詰め寄った。
「ティナ、勝手に決めて済まない。だが、ティナももう大人だ。誰かと一緒になる時がくる。僕はティナにはどこの誰か分からないような男と結婚して欲しくない。
僕はティナをホダカ君にもらってほしい。ママにもこの話の了承はもらっている」
マーカスはそう言ってカロリーナを横目で見た。カロリーナは口元に微笑みを湛えている。
「な、マーカスさん。それは親が決めてしまっていいのでしょうか。ティナの了承も要りますし」
「本来ならば、親がこういった話を勝手に決めるものではないだろう。だが、君が家に来てからティナは君の話を楽しそうにするんだ。娘の心の変化に気づけない僕ではない。ティナと一緒に君がいてくれるならば、ティナにとっても喜ばしいことだと思った。今はティナとコロッケ屋の準備を始めているが、遠くない将来に君は元いた世界に帰ってしまうかもしれない。そうなる前に私はティナの喜ぶ姿がみたい。君には決心がつかないかもしれないが、前向きに考えてみて欲しい」
ホダカはマーカスの率直な思いを聞いて、マーカスの親心を理解した。
マーカスの隣ではカロリーナが頷いている。
「パパ、そんなことっ。パパが勝手に決めないで。ホダカにだって選ぶ権利はあるわ」
ティナがぷりぷりと怒りながら、マーカスに意見をする。
ティナを軽く受け流しながらマーカスはホダカに尋ねた。
「ホダカ君、君はどうかね。ティナの事を好いているかね。」
そばではティナが耳まで真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。
「お、俺は」
ホダカは考えた。ホダカはティナの事を真剣に愛おしく思っていた。好きかどうかで聞かれれば、大好きというレベルだろう。しかし、元いた世界の事はどうだろうか。帰りたいと思ったことがないとは言えない。元いた世界の父親の事も気になる。だが、ホダカは今の人生を楽しんでいた。ティナと共に食材探しを行い、コロッケ屋の準備を進め、夢に向かって邁進している毎日に満ち足りていた。今は少しでも長くティナと一緒にいたいと思っていた。元いた世界については、例えティナと一緒になろうとも、
「いつかこの世界で元気にやっているよ」
くらいは父親に言う方法が見つかるかもしれない。
ホダカが元気にしているとさえ分かれば、あの父は安心して何も言わないだろう。
「お、俺はティナのことが好きです。この世界に来てから初めて出会ったのがティナで良かった。元いた世界については、いつか手紙か何かで近況を知らすことが出来ればそれでいい。俺は、ティナと一緒にいたいです。ティナのことを愛しています」
ホダカの返事を聞いたティナは蒸気が噴き出しそうなほどにクラクラとしているようにホダカには見えた。
「嬉しい」
ティナから微かな声が漏れた。
「はは、若い二人の門出だな。ママ」
「ええ、パパ、うふふ」
マーカスとカロリーナが祝福の言葉を述べた。
こうして正式にホダカとティナと一緒になったのであった。
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