第10話 万物商店 フール・トール
ホダカとティナは食材探しを終えて家に帰ってきた。
「ただいまー」
ティナが帰宅を告げると、店の奥からカロリーナが出て来た。
「おかえり。ティナ。ホダカ君。何かいいのはあった? 」
カロリーナが尋ねるとティナがじゃーんと言いながら、戦利品を取り出していった。ライチオン、それにモールとオークの肉がドカッと食卓の脇に広げられた。
「ライチオンは、玉ねぎっていう食べ物の代わりでしょ。それにモールとオークは合いびき肉っていうものの代わりにするの 」
ティナが戦利品を説明すると、カロリーナは、
「あらあらどんな味になるか、楽しそうね。」
などと言って、にっこりティナとホダカを包むように笑った。
「ふう、お腹すいちゃったー。ママー、このパン、お店の余り物?もらっていい? 」
「ええ、いいわよ。ホダカ君も食べなさい。」
とティナの問いかけに対し、カロリーナが応じたため、ティナはテーブルの上にあったパンのバスケットの中から、小さめのパンを一つ掴み、それを齧った。ホダカも、バスケットの中からパンを一つ選び、口に運んだ。
「今日は疲れたから、私はすぐに寝るわね。」
パンを食べ終えるとティナはホダカ達にそう宣言して、二階の自分の部屋へと消えていった。ホダカもその日は沢山歩き、疲れていたため、すぐにベッドに入った。
次の朝、ホダカは目が覚めると、モールとオークの肉の味を確かめることにした。
朝食を済ませ、すぐに料理に取り掛かった。
料理と言ってもシンプルなもので、それぞれの肉を薄く何枚かスライスして、塩を振り、フライパンで炙っただけのものである。
フライパンで炙るといい匂いが漂い始めた。匂いに吸い寄せられ、まだ朝食を食べていたティナとカロリーナがホダカのそばにやって来た。
「美味しそうね。ホダカ」
ティナが目を輝かせて、フライパンの中を覗きこんだ。カロリーナもフライパンから立ち込める煙をクンクンしていた。
「ああ、でも、味付けは単純だよ。食材の味を確かめたいんだ」
そういうと、ホダカは出来上がったものを皿にも載せずに、そのままトングでつまんで食べた。
「まずは、モールから。あちっ。うむ。柔らかくて、噛めば噛むほど味わい深い。それでいて、固い筋が残らないような肉だな。これは牛肉もも肉に近いぞ。美味い」
ホダカはそう呟き、次の肉へと手を伸ばした。
「次は、オークだな。ちょっと勇気がいるが、仕方がないな。はうっ。熱っ。ウマッ。ジュワっとコクのある脂だ。こんなの、元いた世界でも食べたことがないぞ」
ホダカはオーク肉に歓喜した。
「ティナとカロリーナさんもどう? 」
ホダカが勧めると二人は喜んで食べた。
「うーん。やっぱりオーク肉は美味しいわねー」
そういうカロリーナに対し、
「私はオーク肉もいいけど、モール肉派かなー」
とティナが返した。
ホダカ達は一通り味見を終えた。カロリーナが後片付けをして、
ホダカとティナは次の食材を入手するための作戦を練った。
「次はどうしようかしら、ホダカ」
食卓に肘をついて組んで、ティナがホダカに尋ねた。
「ふーむ。次の食材も探したいんだが、それよりも、もっと大事な問題があると思うんだ。昨日、俺達は町を歩いて食材を買っただろう。
家族だけで食べる分にはその買い方で構わない。だけど、お店を持つとなると、お客さんの分まで必要だ。一日に沢山の食材を用意しなければならない。毎度、町を歩きまわって食材を入手するなんて出来ないと思うんだ。ティナはどう思う? 」
ホダカは椅子に深く腰掛けて言った。これは、昨晩ベットの中で考えていたことだった。
食材の調達という意味では町での買い物は非効率だった。
ティナと一緒に町を歩いて回れるという意味ではホダカにとっては良いことであったが……。
「うーん、そうね。ホダカの言うように調達効率の問題があると思うわ。
コロッケは下準備が大変そうなのに、毎日開店前に、町を回ることなんてとても出来ないわね。ちょっと話はそれるけど、私、ホダカが前に言っていたこしょうっていうのに近い食材を思いついたんだ。あ、あと、キャベツってのも恐らく分かるわ。どちらもあるお店にあるんだけど、そこならば、調達効率の問題も纏めて解決できるかもしれないわ。ただ、そこに行くには気合を入れないと。そうね。しっかりと準備を整えないと危険だわ」
「危険ってどういうことだい、ティナ」
ホダカは首を傾げた。
「少し危ない路地を通らないと、そのお店には行けないの」
ティナが言うには、そのお店は人通りの少ない路地にあり、その路地はとっても危ない雰囲気があるとのことだった。
「でも、ホダカの夢を叶えるには行くしかないわね」
そう言ったティナは二階へと上がり、膝丈までの長さのローブを纏って下りてきた。グレーのそのローブは本当の魔法使いみたいな装いであり、ティナに良く似合っていた。
「これは、講師をしていた時に王宮でもらったローブなの。戦闘用ね。魔導士の力を高める効果があるの」
ティナはホダカにそう説明した。
「ホダカに何か危ないことが起きないように、私、頑張るから」
そう言って、神妙な面持ちながらも、鼻を膨らませて気合を入れるティナが、ホダカには愛おしかった。
二人は支度を終えると、
「気をつけて行ってらっしゃいね」
と見送るカロリーナを後にして、直ぐに出かけた。
昨日歩いた道から細い道に何本も入ったところにその路地があった。
人通りの少ないその路地の名前はゴーレ通りといった。
ゴーレ通りは少しだけ薄暗くて、昼間から酔っぱらっている者や、やんちゃそうな若者が、そこかしこにいた。
「ああ、確かに治安が悪そうだな。少しだけだが」
ホダカはそう思った。この程度ならば、ホダカが元いた世界の夜の町と大して変わらない程度だった。
「ホ、ホダカ。大丈夫? 」
そういうティナはホダカの服の裾を掴み、ブルブルと震えていた。
「ティナの方が大丈夫そうでないな」
とホダカは思った。
「ああ、俺は問題ないから、俺の手をしっかり握っててくれ」
ホダカはそういうとティナの手をぎゅっと掴み、道をまっすぐに進んだ。
すれ違う何人かに
「ひゅーひゅー」
とからかわれたが、ホダカとティナは無事に目的とする店の前にやってきた。
「こ、ここが材料が売っているお店よ。
そういうティナの声は震えており、まだビクビクとしていた。ティナの手を握ったまま、ホダカはドアを開き、店内に声をかけた。
「こんにちはー。誰かいませんかー」
店のカウンターの奥の棚には沢山の小瓶の中に入った色々な粉や葉っぱが並べられていた。
「うーん、なんだみゃー。うるさいみゃー。お昼寝を邪魔するなみゃ、もう。
うみゃ、お客さん?ってなんだティナか。よく来れたみゃ。それにあんみゃ誰」
中から出て来たのは頭からネコ耳を生やした若い女性だった。
「ミリカ、久しぶり。もう、なんでこんな所にお店を構えるのよ。怖くて遊びに来れないじゃない」
ティナがホダカの後ろから声をあげた。
「仕方ないのみゃ。ここはちょっと酔っ払いが多いから、家賃がお得だみゃ。うら若い獣人族のレディーが店を開くには、こういったところがぴったりだみゃ」
ネコ耳をしたミリカという女性は、当然でしょと言わんばかりの顔をしながら、ネコのようなクリクリの髪の毛を触っていた。
「その人、だーれだみゃ」
「彼はホダカよ。ホダカ、彼女はミリカ。私の幼馴染で元々門の近くに住んでいたのだけど、数年前に自分のお店を持つとか言って、一人でこのゴーレ通りに引っ越しちゃったの。もう、本当になんでこんなところにお店なんて開くのよ」
ティナの頬が少し膨れていた。
「はじめまして、ミリカさん。ホダカです。よろしくお願いいたします」
「はじめましてだみゃ、ホダカ。ミリカでいいみゃ」
ミリカは、そういうとカウンター越しに手を差し出した。ホダカはその手を取り、握手をした。
「ホダカ、ミリカはね、凄腕の商人なの。このお店の名前の
ティナが、そう言うと、
「凄腕なんて、照れるみゃ。獣人族の特有の走る速さとよく聞こえる耳とよく効く鼻があれば簡単なことだみゃ。まぁ、あたしはその中でも特別な方だけどみゃ」
頭を搔きながらミリカが言った。
「獣人族はなにか俺達とは違うのかい? 」
ホダカ純粋な疑問を二人にぶつけた。
この世界に来てから、ホダカは初めて獣人族をみた。獣のような耳が生えているだけで、その他はホダカ達と変わらない姿だった。尻尾も生えていなかった。身体的な特徴からホダカは獣人族とホダカ達との違いが分からなかった。
そんなホダカの気持ちを察し、ティナがホダカに獣人族とは何かをさっと説明した。
「ホダカは獣人族に会うのは初めてだっけ。獣人族は太古の昔に獣神様の加護を受けた一族なの。ほとんど私たち人族との違いはないんだけど、大体の人が夜行性なの。昼間はうーんと寝て、夜になったら活動するのよ。夜は暗くてあまり何も見えないじゃない。そんな時には獣神様がくれた耳と鼻が頼りになるの。それに、獣神様に愛されていた獣人族の祖先たちは速く走る力ももらったんだって」
「なるほど、夜行性か。それで、今まで獣人族を見なかった訳だな。しかし、その速く走る力、羨ましいな」
とホダカは心の中で呟いた。
「して、なんの用みゃ。ティナ。怖がりのおみゃは、こういった酔っ払いとかがいるような所は好きじゃないみゃ。余程のことでもあったみゃ? 」
とミリカは言った。
「ええ、ミリカ。私たち、コロッケという異世界の食べ物を再現したいの。信じられないかもしれないけど、ホダカは異世界から来たのよ。それで、色々あって、ホダカにはその”コロッケのお店をするという夢”があるって分かったの。私、その夢を一緒に叶えたいの。それで昨日この世界で代用出来る食材を探していたの。代わりになるものとして、ライチオンとモールとオークの肉は見つけたの。
でも、ほら、お店をやるとなると大量の食材が必要じゃない。そうなった時に
あなたならば解決できるんじゃないかって。あ、あと、私達、まだ探しきれていない食材があるの。いくつかは、ミリカが持っていると思うの。ひとつは、キャベツって緑のボールみたいな野菜でシャキシャキというんだって。それは、ミリカの畑のレタンのことかなと思うんだけど。もうひとつは、こしょうっていうので、いい匂いの粉らしいんだけど……。私、あなたたち獣人族が時たま使っているハビの薬かなって思うんだ」
「ふーむ、大体事情は察した。食材の入手ならば任せてほしいみゃ。
まぁ、キャベツとやらは、レタンのことだろうみゃ。しかし、もうひとつのハビの薬というのは違うと思うみゃ。ハビの薬は獣人族の中でも限られたあたしのようなネコ型が使うものみゃ。あれは、食事に入れるようなものではないみゃ。嗅いだり、ちょっと齧ったりすると、酔った気分になってとても楽しくなるものみゃ」
「ホダカは、ハビというのは、マタタビの事だろう」
と思った。
「ホダカ、まだ見つかっていない食材の特徴を言うみゃ。ティナの親友のあたしが力になるみゃ」
ホダカはミリカにまだ見つかっていないものの特徴を教えた。
この際だからとホダカは、サラダ油、卵、砂糖、こしょう、ウスターソースといった残りのすべての見つかっていない食材の特徴を伝えた。
ミリカはふみゃふみゃと言いながらそれを真剣に聞いていた。
「結論から言おうホダカくん。その食材はみーんなこのミリカの
ホダカ達が食材に関する問題を解決出来た瞬間だった。ウスターソースを除いては。
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