第5話 コロッケを作ろう
「コロッケってなーに? ホダカ」
皆、椅子に座ったまま、一息つきながら、会話をしていたところ、ホダカの「コロッケ屋の開業宣言」を聞いていたジャスティナが尋ねた。
ホダカが食卓をぐるりと見まわすと、カロリーナとマーカスも頷いていた。
「コロッケはね。手のひらより、少し小さいくらいの丸い食べ物で、
さっき食べたマッシュポテトみたいなタネの中に、肉と玉ねぎが入っていて、それにパン粉とかをつけて、からっとなるまで揚げたものなんだ。「カリッホクッ」としたジャガイモと玉ねぎの甘みにミンチ肉のこしょう辛いようなパンチをほのかに感じる食べ物だよ。とっても美味しいんだ」
ホダカは、ホダカが元いた世界の名詞をそのまま使ってジャスティナに説明した。
「へぇー。あんまり分かんないや。どうやって作るの? 」
案の定、内容の半分も理解出来ていないジャスティナが、ホダカにまた尋ねた。
「えーっと。詳しく説明するよ。さっき食べた
いや、もう、俺の言葉のジャガイモってストレートに言っちゃうよ。それの皮をむいて、半分くらいに切るだろ。それを鍋に入れたら、塩をほんの少し入れてしばらく茹でるんだ。ジャガイモを茹でている間に玉ねぎをみじん切りにして、油をフライパンにひいて、キツネ色になるまで炒める。そこに、バターと合いびき肉を足して、また炒める。ひき肉の色が変わったら、こしょうと砂糖と塩を入れて混ぜて火を止める。そうこうしているうちにジャガイモの中まで串が刺さるくらいになれば、ざるに上げて水気をきる。その後にスプーンやマッシャーでジャガイモをつぶして、玉ねぎたちと一緒に混ぜ合わせる。ちょっと味見して、美味しい塩加減になっていたら、まーるくこねてタネを作る。できたタネに小麦粉を薄くつけて、
溶き卵を絡め、パン粉を全体につける。鍋に油をドバドバっと入れたら、高温になるまで油を温めて、その中にパン粉を付けたタネをいれる。途中、上下をコロコロ返してあげて、キツネ入れになるまで、揚げたら、取り出して油をさっと切る。さらにキャベツの千切りを添えて、ウスターソースを上からかければ、コロッケの完成さ。わかるかい? 」
ホダカは、いつの間にかコロッケの作り方を説明していた。
コロッケが何たるか、については、全く説明出来ていなかった。
それは、料理人であるホダカの一種の職業病だった。
ジャスティナは、ホダカの説明を聞きながら、ホダカの顔をじっと見つめて首をかしげた。ジャスティナの唇には、彼女の右の人指し指が添えられていた。
「うーん、ごめん。ホダカ。全然分からないや。でも、いっぱい手の込んだ食べ物ってのは分かったよ」
ホダカは精一杯の説明を行ったが、ジャスティナが完璧に理解しているようには見えなかった。しかし、ホダカの説明でコロッケというのは、いくつもの工程を経た食べ物だということだけは彼女に伝わったようだった。まだ、コロッケが何たるかについては、彼女はまだ分かっていないようであったが。
「ああ、コロッケを作るためには、揚げる前に色々下準備が必要なんだ」
ホダカはまだ料理人として、調理方法に加重を置いた説明を行った。
「ふぇー」
ホダカに向かってジャスティナが呟いた。ジャスティナは、コロッケというものが、彼女がこれまでの人生で食べた、どんな食べ物よりも手の込んだ料理であることを感じていた。ジャスティナが頭をフル回転させて、その手の込んだ食べ物をイメージしようとしているようにホダカにはみえた。
「きっと未知の味がするに違いない」
彼女の脳は、その結論に至ったのだろう。その脳が、音を鳴らすようにジャスティナのお腹に指令を出したに違いない。さっきマッシュポテトを食べたばかりにも関わらず、ジャスティナのお腹のぐうの音があたりから小さく響いた。
ホダカのコロッケに対する説明は、そのほとんどが調理方法に関することであったが、なんとか美味しそうな食べ物だということは、ジャスティナの腹に伝わったようだった。
「ねえ、ホダカ。コロッケが食べたいな」
その言葉がジャスティナの頭の中で浮かんでいたであろうその時、突然、カロリーナが口を開いた。
「ホダカ君。わたし、一度、コロッケを食べてみたいわ」
「あー、ママだけずるい。ホダカのコロッケ、私も食べるんだから。
一番最初に食べさせてね」
カロリーナに先を越されてしまったジャスティナは膨れていた。せめて、一番最初にホダカの料理を食べる権利だけは例え母親であろうとも、譲りたくなかったのであろう、「なんとか一番最初に食べたい」ということをホダカに伝えてきた。
「一番最初に食べるのは、私だからね」
「うふふ、ええ、いいですとも」
ジャスティナがもう一度、強調すると、カロリーナは微笑みを浮かべながらそれに応じた。
「ねえ、ホダカお願い。コロッケを私につくって」
潤ませた瞳で、ジャスティナはホダカを見つめた。
「ああ、ティナ、それにカロリーナさん。作ってあげるよ」
ホダカは二人を交互に見つめ、満面の笑みで答えた。
ホダカには、自分の夢を語り、ジャスティナ達がそれを受け止めて聞いてくれたことがこの上なく嬉しかった。ホダカは心の底から「旨いコロッケを作ってやりたい」
という気持ちになっていた。「大切な彼女達を俺のコロッケで満足させてあげたい」
そう思うとホダカは、感情の波に飲み込まれ、その場に突っ伏してしまいそうなほど、ワクワクが止まらなかった。
すると、ホダカの真向かいに座っていたマーカスが小さく手を挙げた。彼は、明るくも神妙な面持ちで口を開いた。
「ホダカ君。僕もぜひ、食べてみたいものだ。いいかい」
「ええ、いいですよ」
もちろんだと思いながら、ホダカは応じた。しかし、マーカスが言いたかったことは、それだけではなかったようだ。
「だが、君は先程、コロッケの作り方を説明したが、その時に挙げた材料のうち、
いくつかは聞いたことないような材料だったな。本当に作れるのだろうか」
ホダカにとって、寝耳に水だった。ホダカはこの世界が、ホダカの住んでいた世界とは違うことを忘れていた。それを思い出し、コロッケに必要な食材が必ずしも手に入る訳ではないことを認識したのだ。マーカスの先程の一言が、ホダカにそう気づかせてくれた。
その瞬間、ホダカの夢が崩れ落ちた。
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