第3話 ロロンの町
「私の家はね、チーノ王国のロロンという町でパン屋をしているの。良かったら一緒に来ない?助けてもらったお礼もしたいし」
ジャスティナがそう言ったため、ホダカはジャスティナと共にロロンへと向かうことにした。
細かい砂で整えられた道を二人は歩いた。
「ティナは両親のパン屋を手伝っているのかい」
ホダカはそう尋ねた。
「いいえ、私はお城で王族の子たちに魔導を教える魔導講師をしていたの。小さな頃は、一緒に朝の仕込みをしたり、お店で接客をしたりしたけどね」
そう言ってジャスティナはホダカに綺麗な白い歯をにっと見せた。
「魔導講師をしていたって、過去形だね。ってことは、今はもう辞めちゃったのかい? 」
「ええ、私の父が病気になっちゃって、血壊病って言われているんだけど、
皮膚や歯茎から急に血がでてきたりするの。父を看病するために講師の仕事を辞めちゃったの。それで、『食べれば治る』と言われる、イエローマッシュを採りに来てたんだ。イエローマッシュは、チーノ王国ではこの森にしか自生しないの。
『おーい、キノコちゃーん』なんて、言いながら木の根元を一本ずつ確かめていたら、グリナリー・ラクーンに襲われちゃって。この森はグリナルの森というのだけど、グリナリー・ラクーンが沢山いるから、”グリナルの森”という名前になったと言われるくらいなの。グリナリー・ラクーンに要注意の場所なのよね。このグリナリーさん、火炎魔法は全然通じないし。あーあ、危ない所まで来たのに、
イエローマッシュは結局、一つも見つけられなかったな……」
そう言ってジャスティナは肩を落とした。
ホダカは血壊病という言葉と症状に少し違和感を覚えたが、
その違和感が何かは直ぐには思い当たらなかった。
「グリナリー・ラクーンは、火の魔法が効かないと言ってなかったか。
ティナは火炎魔法しか使えないのだろう? 少し不用心だね」
「ううう、それを言われると……」
ジャスティナはそう言って、頬を赤くした。
「ほ、本当はグリナルの森に入るときは、雷魔導士と重戦士をメンバーに加えて入るのが普通なの。グリナリー・ラクーンは雷に弱いし、高い攻撃力も強固な鎧で防ぎながら、重い斧の一撃でズバッと倒すことが出来るし。でも、どちらの職業の人も、冒険者ギルドでは見当たらなくって。今、王国は隣のぺペン王国と紛争が起きそうなの。貴重な雷魔導士や重戦士は、そっちの方に駆り出されちゃうの。紛争が終わるの待ってられないじゃない。早くしないと父が血壊病で死んじゃうもの」
しょんぼりしながら、ティナはホダカに答えた。
「血壊病か。すこし引っかかるな。その病気のことで、無理をして、森に入ったんだね」
そう言って、ホダカは、しょんぼりとしているティナに目をやった。肩を落とすティナは17歳程度に見えた。
「あなたが助けてくれなかったら、私、食べらちゃっていたわ。ありがとう、ホダカ。そういえば、ホダカは雷魔導士なの?雷の中から登場したけど」
「いや、違うんだ。俺は、さっきも少し触れたが、この世界の住人ではなく、こことは違う世界からやって来た」
ホダカはこのセリフを言いながら、中二病みたいな発言だなと、少し思った。
「それが本当ならば、あなたは、転移者というのに当てはまるわね。うんと昔にそういった人がいたって、子供の頃に聞いたわ。世界の異変を収束させる凄い力を持っていたんだって」
「俺にそんな力があるとは思えないけどな。」
ホダカはそう言って照れながら頭を掻いた。
「ちょっと失礼」
そう言って、ジャスディナはホダカの前に飛び出し、つま先から頭までじっと眺めた。ホダカには、朱色の艶やかな瞳が眩しかった。
「そうね。あなたから特別な波動は感じないわ。何か特別な力があると、オールと呼ばれる波動を感じるのだけど、あなたからはそれを感じないわ。
あなたの髪はこれと言って特徴のない、クリクリの髪の毛だし、顔立ちは濃くなく、普通だし。あっ、あの、ブサイクとか言っているのじゃないのよ。
私は、あなたの顔、カッコよくて、好みよ。唇は少し大きいけど、ふっくらしていて、可愛いし。目がきりっとしていて、いいなって思うし。それに背丈は私より、ちょっと高くて、なんか良いし。やっぱり、目のことは無しにして。恥ずかしいから」
ジャスティナは、関係のないことを話始めたかと思うと早々にこの話を切り上げて、プイっと反対を向き、ロロンの方角へ向き直った。
それからホダカとジャスティナは二時間くらい話をしながら、ロロンへの道を並んで歩いた。
二人は歩きながら、色々なことを話し合った。ホダカの方は、ホダカの生まれた世界はどういったところだったかや、ホダカがしていた仕事のこと、ホダカが専門学校と呼ばれるところで、食材のことや調理のことを勉強していたことを話した。
また、ジャスティナの話で、ジャスティナは両親とティナの3人家族だったが、彼女の火炎魔導士としての才能が開花し、それまで、パンの焼き窯の火を付ける程度のことしかやっていなかったが、様々な火炎魔導が急に使えるようになって、王国最強の火炎魔導士なんて言われるくらいになったことや、王国最強なんて言われるが、戦いなんて嫌いで、王国最強の火炎魔導なんて言われるのは恐れ多いというように感じていることや、それでも王国最強の火炎魔導士という呼び名自体は、気に入っていることなどをホダカは知った。
――そうこうしている間に立派な石造りの門が目の前に見えて来た。
「これが、ロロンの門よ。ロロンはチーノ王国の城下町で、この門の城塞がそのまま、王宮も囲っているの。この門の手前側にロロンの町が広がって、奥まで、うーんと歩くと、王宮ね」
ホダカは、開かれた門の向こう側に、絵本で見たような、ヨーロッパの中世の街並みを見つけた。
「そのまま通っていいのかい? 」
ホダカは、ガタイの良い鎧を着て鉄兜を頭に被った門番の前を横切ろうとするジャスティナに言った。
「もちろんよ。私のツレなら問題ないわ。これでも王国最強の火炎魔導士なんて呼ばれていて、ほんの少し有名だったのよ。それに、私の家のパン屋は、この門のすぐ近くなの。門番さん達も小さな頃から顔見知りだわ」
その証拠に門番達はジャスティナをみるやいなや、道をあけ、
「よ、ティナ嬢、お帰り。ケガはなかったかい? 」
なんて声をかけていた。
それに対してジャスティナは
「ええ、グリナリー・ラクーンに食べられそうになったけど、彼のおかげで大丈夫だったわ」
などと、ホダカを指差しながら返事していた。
「それは大変だったな。そこのあんちゃん、俺たちのティナ嬢を助けてくれてありがとうな。この子の顔が明日から見れなくなると思うと、ただでさえ退屈な門番の仕事が、もっと退屈になっちゃうぜ」
どうやらジャスティナは門番達のアイドルらしいかった。
「ええ、まあ偶然ですが、彼女を助けられて良かったです」
とホダカは返事して、門を突っ切り、歩いていくジャスティナのあとを追った。
ジャスティナの家は門を抜けて、一つだけ角を過ぎて左へ曲がって30歩程歩いた左手にあった。
パン屋の名前は「グーワ」という名前で、この世界では、「お腹がへったならば」という意味があるようだ。見たことがない四角い文字で書かれた看板がドアの上に掲げてある。家とパン屋が一体になっているようだ。
「ママ、ただいま」
ジャスティナは、ドアを開けながら、ゆっくりと店の中へ入っていった。ホダカも同じように中に入ると、ジャスティナと同じ朱色の髪色をした40代くらいの女性が店番をしていた。白髪がところどころ交じり、疲れた様子だが、ジャスティナの母だと一目で分かった。
その女性はホダカを見つけると
「あら、こんにちは。ジャスティナのお友達かしら。私はジャスティナの母で、
カロリーナよ。よろしくね」
そう言って、カロリーナはぎこちないながらも、ジャスティナに似た、にっこりとした笑顔をホダカに向けた。
「こんにちは。ホダカです。ジャスティナさんとは、少し前に知り合って、ひょんなことから、こうしてお邪魔させて頂くことになりました」
「そうよ、ママ。ホダカは私の命の恩人なの。グリナリー・ラクーンに襲われていたところを、雷魔導みたいなので助けてくれたの。お礼がしたくて、連れてきちゃった。ごめんね、パパの事でママも疲れているのに。」
「いいのよ、ティナ。恩人にはお礼をしなくちゃ。ホダカさん、我が家の大事なティナの命を救って頂き、ありがとうございます」
そう言って、カロリーナはホダカに深々と頭を下げた。
「いえ、”偶然で助けたまで”です。こちらのお父さんの容態が悪いときにお邪魔して、申し訳ございません」
そうホダカは答えた。
「ママ、パパの調子はどう?」
ジャスティナは希望をのせた声色でカロリーナに質問した。
「あまり良くないわ。パパが始めたお店だから、お客さんにがっかりしてもらいたくないし、なんとか開店させているけど、本当はずっとパパの傍で血壊病の看病をしていたいわ」
そう言って、カロリーナは視線を足元に落とした。
「ちょっとパパをみてくる」
そう言って、ジャスティナは店の奥の部屋へと駆けていった。
ホダカは、ジャスティナやカロリーナが発した血壊病という言葉が
ずっと胸に引っかかていた。
「カロリーナさんが言っていた血壊病。確か、ティナも言っていたやつだ。しかし、どこかで聞き覚えのあるような症状だったような」
ホダカは心の中で思った。
「あ、あの、カロリーナさん、俺も行きます」
そう言ってホダカはジャスティナが向かった方向に歩を進めた。
ホダカが、部屋に入ると、青い髪をした男性がベッドの上に横たわっていた。
男性が着ていた服はダボダボの余白の部分が目立っている。元々はふくよかな体つきであったのだろうか。やつれて痩せてしまっていた。歯茎からは血が見られた。
「パパ」
そう言って、ジャスティナは、涙目になりながら、男性の手を掴んでいた。
男性は気分が悪そうだが、声を振り絞り、
「ああ、ティナか。おかえり」
とジャスティナに声をかけた。
「ごめんね。パパ。イエローマッシュ、見つけられなかった」
「いいんだよ、ティナ。その気持ちだけでありがたいさ」
「パパ……」
重苦しい空気が流れた。
「あのね、パパ。今日は命の恩人を連れて来たの。グリナリー・ラクーンに食べられそうで、森で死んじゃいそうになったのだけど、ここにいるホダカが助けてくれたのよ」
そう言って、ジャスティナはホダカを指差した。
「ホダカ、パパはマーカスという名前よ。血壊病でこんな感じだけど、普段はうーんと元気で優しいんだから。」
ジャスティナは笑顔の中に悲しみを孕んだ顔をホダカに向けつつも、マーカスをホダカに紹介した。
「パパ」
とマーカスに向き直ったジャスティナは呟いた。
「あ、あの。ちょっと聞いていいかい。ティナ。」
そう言ってホダカはジャスティナに声をかけた。
「なにかしら」
ジャスティナはホダカに潤んだ瞳をみせた。
「こんな時に謎々みたいで申し訳ないが、ティナやカロリーナさん含む、町の人が普通に食べて、マーカスさんだけが、好んで食べないものとかあるかい? 最近、好き嫌いで食べなくなったものとか。」
ホダカは胸の中で引っかかっていた問いかけを尋ねた。
「え、ええと、レモの実かしら。
この町の街路樹にもなっているレモという木があるんだけど、酸っぱい実をつけるの。町の人は、小腹がすいたときに齧ったりしてるわ。私もレモの実は好きよ。でも、パパは、酸っぱい食べ物があまり好きじゃないの。病気になる前は、『これからは、好きな物しか食べないで生きていく』なんて急に言って、嫌いなレモの実なんか全く食べなかったってママが言っていたわ」
ジャスティナが返事をした。
ホダカはその一言でピンときた。
「俺のいた世界で言う壊血病にマーカスさんはかかっているようだ。ビタミンC不足だろう。ビタミンCを取らせて安静にしつつ、この世界の医学と掛け合わせると、容態はすぐに良くなるかもしれない」
ホダカはそう考えた。
「ティナ、この家にそのレモの実ってのはあるかい? マーカスさんに《レモの実》》を絞ってスープに混ぜて、あげるんだ。」
ホダカは言った。
「レモの実?あるけど。パパにあげてみるわ。」
ジャスティナが返事をした。
「普段は、治療ではどのようなことをしているんだい?」
ホダカがもう一つ、質問を投げかけた。
「治療はヒーラーを唱えて行っているわ。」
ジャスティナが、それに応じた。どうやら、魔導で治療しているらしいことを、ホダカは悟った。
三日間、渋るマーカスにレモの実スープを与え、ヒーラーで治療をすると、みるみるマーカスの容態は良くなった。
四日目には、病み上がりだが、元気なマーカスが完全復活していた。
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