第2話 王国最強の火炎魔導士ジャスティナ
ホダカが目覚めた時に見つけた女性は、右肩を下にした状態で、横向きになって倒れていた。ホダカは、彼女が静かな呼吸で微かに揺れているのを感じた。
「息はあるようだ」
ホダカはそう思った。
ホダカは彼女の細部を認識した。髪は朱色で、肩の少し下まで伸びていた。
日光を反射した金色の輪が、その髪に映っていた。形の良い小さな卵のような頭が、髪にふんわり包まれており、髪先は側面から後頭部にかけてスッと跳ね上がっていた。髪の毛の一本ずつが、躍動感に満ち溢れているようだった。前髪は、きりっと整った朱色の細いまつ毛にかかってはいたが、自然で、わざとらしい様子がなかった。
ホダカは、小さくも聡明そうな額に目を移した。
そこから真っ直ぐに伸びた程よく高い鼻が目に入った。それを一筆で上品に完結させるかのように、添えられたぷくりとした唇に、ホダカは魅入られた。ホダカは、心がソワソワと痒くなった。頬は、白くハリがあった。
芸術家にしか描けないような無駄のない曲線を帯びた輪郭が、ちょこんとした耳までつながっていた。
「かなりの美形だろう」
ホダカは心の中でそう思った。
ホダカは、彼女の装いに目を向けた。厚目の綿生地のような素材のシャツだった。
それは、赤とピンクの二種類の色を縦に半分ずつ用いていた。その真ん中に、大きくて、茶色いクロスのストライプが入っていた。ホダカは、一見、継ぎはぎのように見えた。古臭いデザインとも感じた。しかし、彼女が着ることで、気品に満ち、そのデザインが完成されるようだった。左肩には、三つ葉のクローバーの装飾が施されていた。クローバーの装飾の軸先は、胸の膨らみで、形状が少し変わっていた。それは、斜め下の少し離れた地面を指していたようだった。腰の周りには、細めのベルトと鞘がまかれていた。その鞘の中にはルビーのような宝石が詰められた短剣が入っていた。スカートは、オレンジ色のフレア調のものだった。膝上から5cm程までの長さに調節されていた。ホダカは、スカートの先端が僅かにチリチリになっていたのを見つけた。その裾から、白い健康的で、透き通るような肌をした足が伸びていた。その足が、白いレースがついた靴下と短い茶色の革で出来たショートブーツの中に吸い込まれていた。ブーツは、ほんの少しヒールがついており、女性らしいブーツだった。
「可憐な人だな」
ホダカは、そう思った。
ホダカが目覚めてから目に入ったものは、彼女だけではなかった。ホダカは目を横に反らした。その瞬間大きな何かが目に映った。
「――うわ、モンスターだ」
ホダカはそう思った。ホダカの二倍程の大きさであった。
熊とも狐とも狸とも言えないようなモンスターだった。それは大きな鋭い牙を上下に何本も生やしているが、
尻尾は以外にも丸くウサギのようで、ホダカは可愛いと思った。毛色は、白と黒のまだら模様をしていた。毛先は、針のようで、ごわごわとしていそうだった。手足は、いかにも肉食動物であることを強調するように太かった。
「この恐ろしいモンスターは、恐らく、彼女を食べようとしたのだろうな」
ホダカはそう考えた。
一つ確かなことは、このモンスターは、何らかの要因で、横たわっており、ホダカと彼女は九死に一生を得たということだ。
「しかし、ここはどこだ? 」
ホダカの脳は、モンスターの分析を行いながら、段々と目覚めてきていた。
ホダカは新緑溢れる見覚えのない森にいた。広葉樹が多く生えている森で、木々の下には様々な色の茸が自生していた。木々の上の方では、リスのような角が生えた小動物が、木に穴を掘っていた。それは、小さなドリアンのような黄色い木の実を両手に一杯抱えて、穴の中へ入れようとしていた。
ホダカがいる場所は、ツツジのような背の低い木々に囲まれていた。
ちょっとした広場のようになっており、足元には芝のような短い雑草が生い茂っていた。
「ここは、日本じゃなくないか?俺は異世界に来たのでは……」
ホダカは夢のような出来事に、理解がまだ追いついていなかった。
「うっ、ううん」
そうしていると、倒れていた女性の方から声が聞こえた。
ホダカは彼女に視線を移した。
「大丈夫かい? 」
そう言って、ホダカは女性に手を差し出した。
「あ、ありがと」
そういって、彼女は身を起こしながら、ホダカの手を取った。日に照らされて血管が透けそうなほど白い手で、細い指をしていた。
「わ、私、助かったの? 」
彼女はクリクリした朱色の目を、ホダカに向けた。
「たぶん、そうだと思うよ。俺も君も助かったみたいだ」
「私、ここでしか取れない茸を採りに来ていたのだけど、グリナリー・ラクーンに追われて、『カエナルン』で応戦してたの。でも、私、火炎魔法しか使えなくて……。ほら、グリナリー・ラクーンの毛は、火炎魔法耐性があるでしょ。私の魔法じゃ、全然効かなくて、必死に逃げていたの」
彼女の話から、ここに横たわっているモンスターはグリナリー・ラクーンという生き物で、火炎魔法というものが通じないということを、ホダカは知った。
「『助けて、パパ。たすけてー。』って叫んでいたところまでは、覚えているんだけど…。あ、そしたら、空がゴロゴロ言い始めて、雷が私を追いかけていたグリナリー・ラクーンの上に落ちてきたの。ピカピカって光った雷の中に、あなたのような服を着た人のようなのがいた気がしたんだけど。そこから眩しくって、私もビリリっとなって、倒れちゃって……」
「——側撃雷を少し受けたんだな」
ホダカはそう考えた。
「ひょっとして、あなたが助けてくれたの? 」
ゆらゆらと揺れる暖炉の炎のような光を灯した宿した瞳で、彼女はホダカを見つめた。
ホダカはその瞳と自分の瞳があった瞬間に、心臓がドクンとなるのを感じた。
「俺が助けたかどうかはわからない。だが、状況から察するに、その雷の中にいたのは、恐らく俺だ。俺は、君たちのいるこの世界とは違う異世界からやってきたのだろう。結果的に君が助かって良かった」
彼女の瞳に、吸い込まれそうになりながら、辛うじて、平然を保ち、ホダカはそう返した。
彼女は、そんなホダカをじっとみた。やがて、人指し指を唇に軽く当て、どこか分からない部分があったような顔をして考え込んだ。
「異世界ってとこがよく分からないけど、まあ、あなたが雷の中にいたのならば、あなたが、私を助けてくれたのよね。ありがと。あなた、お名前は?」
と彼女はホダカに聞いた。
「俺は多加木ホダカ、ホダカでいいよ」
とホダカは答えた。
「タカギ・ホダカね。いい名前ね、ホダカ。私はジャスティナよ。ティナって呼んでね。これでもチーノ王国で一番の火炎魔法使いなのよ」
と彼女は答え、えっへんと言わんばかりに、腰に手を当ててのけぞって見せた。
その後に照れくささを隠すように、にっこりと笑った。
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