異世界コロッケ専門店 ~グーワ・マッシュ~ こんな俺にも愛される店が持てました。

梨詩修史

第一部 創業前

第1話 ブラック飲食会社員は石ころを蹴る

 多加木ホダカが務める飲食店は、就活生にも評判のブラック居酒屋チェーンだった。


 昼間から千円ちょっとで飲み食い出来るという居酒屋であった。


 どこの野球チームかわからないブランドの帽子をかぶったオジサンや、

汗にまみれたスーツのサラリーマン、量販店で売っているような香水をつけ、

そこそこ良いコンディショナーで手入れしているであろう髪をしている女性、

他所行きのワンピースを着た女性、といったメンバーで、夏の暑い日差しの中でも賑わっていた。


 表向きは繁盛店だ。


 しかし、裏では怒声が飛び交っていた。


 手際の悪い厨房スタッフには、客が食べ終わった後の食器が投げられた。

 「早くしろ! 」

 と従業員は厳しく注意された。


 厨房のスタッフは、朝早くに店にやってきて、せわしない店内の中を走り回った。


 ホダカも午前六時には店にやってきて、自家製麺やシュウマイ、野菜のみじん切りなどを深夜十一時半まで行うのであった。


 「毎日、毎日、この繰り返しかー」

そう思いながらホダカはシュウマイの餡を捏ねていた。


 「おい、手が止まっているぞ。馬鹿野郎! 早くしやがれってんだ。客が待ってんだよ! 」


  ホダカに向けられてハリのある怒鳴り声が響いた。


 ――店長のヤマシタだ。 ヤマシタは典型的な体育会系気質であった。

「根性が足りない」

などの言葉をすぐに発した。 ヤマシタは使えない新人がいると高圧的に詰め寄った。

「こんなものも出来ないのか? やめてしまえ。もう来るな。」

と鋭い言葉を放つことで有名だった。弁明の言葉など聞こうともしなかった。

 このくらいならば、ホダカは、まだ耐えることが出来た。しかし、許せないことは、スタッフが働いた残業時間を、ヤマシタが勝手に少なくして、申告していたことだった。本部が残業時間を少なくする取り組みを行っており、その取り組みを、どこをどう履き違えたのか、ヤマシタには残業を過少申告するという取り組みに映っているようだった。

 歯向かおうというものならば、ヤマシタに査定を下げられた。本部に告げ口をしようとしても、ヤマシタは手下を数人抱えており、監視を強化していた。

 従業員達にとってはどういった復讐が待っているか、わからなった。


 「す、すみません。すぐにやります。」

頭の中の雑念をぶるっと振り払い、ホダカは目の前のシュウマイの餡を一心不乱にこね回した。

 「あーあ、今日も疲れたな」

ホダカがそう思った頃には閉店時間が過ぎていた。


ホダカは、へロヘロになって帰路についた。パチリパチリと切れかかった街頭に夏の虫たちがバチバチと群がった。そんな光景を眺めながら、ふらふらとホダカは歩いていた。

 

 ――やがて家の近くの公園に辿りついた。あと角を2つほど曲がれば家に着くはずなのに、何故かホダカは公園のベンチに座りたくなった。

ホダカは静かに座り、空を見上げた。

「夏の大三角は綺麗だな」

思わず、ホダカはそう呟いた。小学生の頃に、どこかの本で読んだ三つの

一等星が織りなす三角形を、ホダカは眺めた。

「ああ、二等辺三角形みたいだ。あの三角にかたどられた世界は、

平行四辺形のように長辺同士が見つめ合うようで、単純なこの世界とは違うんだろうな。様々な思いや事象が交差するような世界だろうか。この糞みたいな世界とは違った、うーんと面白い世界なんだろうな。」

とホダカは考えた。

 「どうせ糞みたいな世の中ならば、自分の好きなことをしたい。

そうやって生きてみたいな」

 ホダカは、そう思うと、心の底から、ふつふつとした感情が湧き立ち、

ぐんっと立ち上がった。そして、目の前の少し大きな石ころを思いっきり蹴った。

「くそったれー。」

 ホダカは、そう叫び、右足を振り抜いた。蹴られた石はコロコロと転がり、近くにある古いレンガで囲われた池に落ちた。

 「あれ、こんな池、あったっけ。」

ホダカが池に近寄ると、先ほどの落ちた石が描いた渦巻がぐわぐわと歪み始めた。


 ――すると、中から石畳で中世風の町並みや頭に耳が生えた人々が、ホダカには見えた気がした。

「なんだ? 」

不思議に思ったホダカは池を覗きこんだ。

 「……け……」

 何か声が聞こえそうだ。ホダカは、レンガの縁に手をかけて、上半身が、池を覆うような前のめりの姿勢になったあと、右耳を下に向けてみた。

 「……けて……パ……」

 耳をぐっと池に近づけてホダカは池から聞こえるささやき声を聞き取ろうとした。

――っとその時、池がぱっと虹色に光り、辺りを照らした。ホダカはびっくりして、

レンガの縁にかけていた手を放してしまった。

 ――ばしゃーん。

 池に頭から下に落ちたホダカは、とっさに息を止めて目を開こうとした。

しかし、波打つ水は水面だけではなく、池の中も波のように揺らいでおり、

目が開けられなかった。

 「思ったよりも深いぞ。死ぬかもしれないな」

ホダカはそう思った。全身が水の奥深くにゆっくりと沈んでいくのを感じながら、

ホダカは気を失っていった。


 ――ホダカが目覚めたときには、青々とした緑が生い茂る草むらの上だった。

そして、ホダカの傍には、一匹の熊と狐を足して、2で割った後、顔だけに狸をかけたような、そんな一匹の獣が横たわっていた。その横には、フレアのオレンジのスカートの朱色の髪の女性が倒れていた。

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