歩いて帰ろう

 『十六歳』

 お姉ちゃんも、たまには帰ってきなよ。家族みんなで待ってるよ。うん、あはは、確かに。バーとかもう顔覚えてないかもね。でも三日は三年、みたいなことも言われてるしね。お、うわさをしたらバーが来た。

 まあとにかく、たまには帰ってきてね


私は画面の表示された赤いボタンを押した。

 

 『十四歳 教室』

 扉を開けることがこんなにも緊張するものだと気がついたのは、ついさっきだ。私は転校生としてその教室の扉を開いた。静寂が破られたのと、転校生という肩書きのせいで、クラス中の視線が集まった。

 緊張してしどろもどろに自己紹介をする中で、先ほどの「クラス中」という言は間違いであったことが分かる。一人、意地でもこちらを見まいとする少年がいた。

 しかも、彼の身の回りをよく見ると、と、いうか。よく見なくとも、彼がいじめられていることが分かった。はあ、と静かにため息をつき、席にもついた。

 そして、私は彼のいじめに加担。せず、遠巻きに見て無視。もできず、直接的に阻止。したが成功はしなかった。

 なんなら、いや、分かりきっていたけれど、今度は私も標的にされた。

 その少年は緋色と名乗ったが、苗字は口にしなかった。少しずつ、彼と私は仲良くなっていった。

 

 『十四歳 帰り道』

 少し前にこの辺りで殺人事件が起きた、と気がついたのは、一昨日のことだ。犯人は家族のほとんどを殺し、何故か弟だけ残して逃亡したらしい。

 足元に転がる石をなんとはなしに蹴ってみた。街のスピーカーからは家路が流れてくる。ほぼ同時に、緋色も石を蹴った。夕に焼かれ、二つの小石が平行線を描く、なんて上手く行くことはなく、途中で曲がってぶつかった。

 この方が珍しい気もする。

「澄恋は、なんで何されても、言われても怒らないの?」

 沈黙に耐えかねたのか、緋色は私に聞いた。

「だって、怒った先には許すか許さないかしかないじゃない。だから、私は怒りたくないんだよ」

「でもそれって、相手に悪質な自由を許してるよね」

 出た、緋色の屁理屈。ああ言えばこう言う。それは私たちではなく、彼だけだったかもしれない。新世界から抜け出した誰かの橙色の帰り道は消え、余韻だけが残る。気のせいか、オレンジピールの香りがした。

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