英雄の話

遺伝

 つうと言えばかあと言うし、山と言えば川というし、ああ言えばこう言う。それが私たちだった。

 

 『五歳の時』

 わたしは「てのかからない子」だって。おねえちゃんはわがままで、いつもわたしからおもちゃをとり上げて、お父さんに怒られてる。

 おかあさんはとちゅうからいなくなっちゃった。お父さんにきいた。

「なんでおかあさんはいないの?」

「お母さん言ってたよ。『もう私に教えられることは無くなった。一人前になったな』って。だから、直接世話をしないんだ」

「でも、おかあさんに会いたい」

 おねえちゃんはわがままを言う

「お母さんはね、今でもいろんなところで澄恋すみれたちを監視してるんだよ」

「監視?」

「うん、見守ってるんだよ。ううん、見て、守ってるんだよ」

 本棚の下とか、ストーブの後ろとか、服のポケットに居るかもよ、お父さんは笑ってた。

 

 『十六歳(電話での会話)』

 もしもし。うん、久しぶり。大学はどう?

 へえ、そっか。うん。

 高校生活楽しいよ。えへへ、ありがとう。

 うん、うん。いやいや、大丈夫だよ。お父さんだんだん料理の腕上がってるし。今ね、お父さんアクアパッツァとか作れるんだよ。びっくりでしょ。

 お姉ちゃん、悪い人に騙されないでよ。お姉ちゃん単純なんだから。ええ、心配だなあ

 

 『十一歳』

 父の言葉がうそだと気がついたのは最近だった。母はもう死んでいて、父に盲信していただけ。

 文句は言いたかったけれど。それも私たちのためだと分かっていたので、なんとかこらえた。

 飼い犬のバーが足にすり寄ってくる頭をなでると、名前の由来である直線の尻尾を元気よく振った。耐えきれなくなってしまい、隣に座る姉に話しかけ、暗い気持ちを和らげようとした。

「お姉ちゃんはさ、お母さんの話が嘘だって、いつ気がついた?」

「お母さんの話?」

「お母さんがいろんなところから、私たちを見守っているって話」

 姉は私の言ったことをよく考え、顔を顰めて行った。

「え、今知ったんだけど」

「本当?」

「本当」

 姉がショックを受けた顔をする。彼女には申し訳ないが、少し吹き出しそうになった。

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