第5話 ひとり戦争 一夜

 後に僕はそれを『ひとり戦争』と呼んだ。


 僕は僕が嫌いだ。性格には嫌いになった。嫌いになってしまった。ちっぽけな優越感は何も守ってくれなかった。ただ残る劣等感に心臓が押しつぶされそうだ。

「こんな……自分が……嫌だ……」

 相手が第三者なら、そいつを憎めば良かった。それがまだマシだった。

 相手が自分自身。鏡に映る自分の顔が憎い。こいつのせいで、僕は何度も何度も自暴自棄になった。

 左腕に刻まれた傷跡はもう一生消えない。

「なんで生まれてきたのだろう」

 別の僕でなくても良かった。別の僕でも良かったんだ。ただ選ばれたのが僕だった。

 それは天文学的な奇跡に近いような確率で選ばれた。本来なら喜ぶべきなのに、自嘲する。

「無能で、何もできなくて、ただそこに突っ立っているだけだ。何も生産することなく、ただ二酸化炭素を吐き散らす。

 そんな僕に何の価値が在るっているんだよ」

 僕は、いつしか、夜にしか行動できなくなっていた。光が鬱陶しいのだ。

 あの太陽の恩恵が疎ましく思うだけだ。

 夜は良い。

 誰も見なくてすむ、何も見なくてすむ。

 自分さえも隠し通してくれる。

 こんなボロボロで醜い心を持つ僕を直視しなくてすむ。

「月明かりだけが、友達だ」


 自分が自分であるがゆえに自分から離れたくなる。だが、自分は自分でしかない。

 切り離す? どうやって?

 肉体と精神を切り分けるのか? どうやって?

 できないことを妄執して、答えを探した。

 でも、答えが出なかった。

 答えがない人間=自分が答えを出していけるのか?

 否だ。

 答えが欲しい。

 たとえ、那由多ほどの答えがあるのなら、その中で一つ、己だけの答えが欲しい。

 砂丘から探せと言われて、それが確実に可能ならば探してみせる。

 しかし、現実はあるかどうかすらわからない。AIが教えてくれたとしても、それが自分のものだと認識できない。

『僕は僕の、僕だけに通じる答えが欲しい』

 ならば、ココから先は、戦争だ。

 舞台は僕。戦場は僕。相手も僕で傷つくのも僕。

 自分の答えが欲しい。

 たとえ、万人が嘲笑う答えだとしても、だ。

 おめでとう。僕。

 ココから先は、僕という名の地獄。

 おめでとう。僕。

 もう一般人には戻れない。

 一般感覚を脱ぎ捨てて、生身の僕が地獄の炎に踏み入る。

 それでしか、僕は救われない。

 僕が僕を救うために、僕は地獄に踏み入れる。

 

 何度も、答えを探す。そのためには何度も自問する。

 自問と自答を繰り返す。

 自問、自答。自問自答。自問自答自問自答自問自答…………。

 少しでも答えに矛盾が生じた瞬間、その地点までやり直し。

 言葉遊びだと思われるかもしれない。だが、現時点での僕にはそれしか方法を知らなかった。

 答えとは何かという答えを求めなくてはならないこともある。

 矛盾している答えがそれ以上出せないとき、矛盾をどうにかして成立できないかと試みる。

 僕は、何度も地獄を彷徨い歩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る