第4話

 暗闇に目を凝らすと、そこにいるはずのない影が目に飛び込んできました。ぼくは恐ろしさに喉が痙攣し、叫ぶこともできませんでした。


 布団の隙間から息を殺して得体の知れない影の塊を見つめていると、それは正座をしたひどく猫背の人間のようでした。

 背中まで伸びた長い髪と痩せこけた体格から女だと思います。


 その女はガザガサと何かを漁っています。

 女のいる場所にあったのは、いつも使っているリュックサックでした。

 女はしゃがれた声で繰り返し何か呟いています。


「かえして…かえして…」


 耳を澄ますとそのように聞こえました。ぼくはふとんに包まったままガタガタ震えていました。

 リュックを漁る音と不気味な呟きはずっと続いていました。

 ぼくは気を失うようにいつしか眠りに落ちていました。


 目が覚めると、カーテンから朝日が差し込んでいました。あの女の姿はすでにありません。ぼくは飛び起きてカーテンを開けました。

 眩しい光が飛び込んできて、ひどく安堵したのを覚えています。


「うわあっ」


 女のいた床をみてゾッとしました。

 床には薄汚れた埃が積もっていました。リュックにも埃をなすりつけたような無数の手形がついていました。


 埃な状況を見て、ぼくは昨日行った廃屋を思い出しました。もしかしたら、女は廃屋に関係があるのかもしれない、そんな考えが過ぎり背筋が凍りつくような寒気に襲われました。

 かえして、とは一体どういうことだろう、ぼくは何も持って帰ったりしていません。


 ぼくは恐る恐るリュックのチャックを開けました。中に入っているのはハンカチとティッシュ、財布、そして何やら覚えのないぐしゃぐしゃの紙切れが奥に突っ込まれていました。


「何だこれ」

 ぼくは紙切れを取り出してみました。


「うわああっ」


 それはあの廃屋の押入れにあった不気味なお札でした。お札を引っ掴んで握りつぶしたような状態でリュックに詰め込まれていたのです。

 ぼくは反射的にお札をゴミ箱に投げ込みました。


 あんなものを持って帰った覚えはありません。もしかして、弘志か健太がイタズラで突っ込んだのかも、そう思って一階へ駆け降り、二人に電話を掛けました。


「知らないよ、押入れ見てからすぐにあの家出たじゃん」

 健太は覚えがないようでした。弘志も同じ答えでした。それでは、一体あのお札をリュックに入れたのは誰なのでしょう。

 ぼくは受話器を置いて愕然としました。


「あんた、大丈夫?」

 ぼくの様子を見た母が心配して声をかけてきましたが、廃屋に勝手に入り込んだことをしゃべるわけにはいきません。


 何でもない、と誤魔化してリュックを持って家を飛び出しました。陽の光の下で見てもリュックの手形はくっきりついていました。リュックについた手形の汚れを慌てて払いました。

 

 自分の部屋にいるのが怖かったので、その日は学校の図書館で過ごして夕方家に帰りました。

 


 



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