第3話

 最後の部屋に入りました。西向きと北向きの窓があり、煤けたレースカーテンが掛けられたままになっていました。緑色の絨毯は埃まみれで、所どころ黒ずんでいます。

「何も無いよ、帰ろう」

 ぼくは帰りたい気持ちでいっぱいでした。幽霊の噂も不気味でしたが、他人の家に勝手に入り込んでいるという罪悪感が大きかったのです。


「つまんね」

 あったのはネズミの死骸だけだ、と健太は肩を竦めて階段を降り始めました。弘志が後に続き、ぼくは一番最後でした。


 きぃ・・・


 背後で何か軋む音が聞こえ、一気に全身に鳥肌が立ちました。ゆっくりと振り向くと、観音開きの押し入れの戸が開きかけていました。さっきまできちんと閉じていたはずです。ぼくは逃げ出したい気持ちにかられました。

「うわっ、押し入れが」

 ぼくの叫びに興味を惹かれたのか、健太と弘志は階段を引き返してきました。


「押し入れに何かあるのか」

 二人は押し入れを前にして興奮しています。

「開けてみよう」

 怖いもの知らずの健太が取っ手に手をかけました。止める間もなく、押し入れの観音開きの戸は一気に開かれました。


「なんだこれ」

 あまりの異様な光景に、ぼくたちは絶句しました。


 狭い押し入れの中にはびっしりと御札が貼られていたのです。

 御札には筆文字で何か呪文のようなものが書かれていました。押し入れを開けて舞い込んだ風に糊が剥がれた御札がひらひらと舞い、足下に落ちました。


 想像を絶する不気味さに、面白半分だった健太も弘志もさすがに怖くなったようです。

「これ、マジでやばくない」

 三人で顔を見合わせました。ぼくは押し入れの戸を思い切り閉めました。


 ぱたぱた・・・


 その途端、部屋の隅から音が聞こえました。うわっ、と叫んでぼくたちは転がるように階段を駆け下り、勝手口を飛び出しました。

 外は青空が広がり、眩しい太陽が照りつけていました。雑木林から聞こえるけたたましい蝉の声がぼくたちを現実に引き戻してくれました。


 その時はお互いに離れるのが怖いという気持ちがあり、弘志の家でTVゲームをして盛り上がりました。廃屋で見たものを誰も話題に出しませんでした。皆あの不気味な廃屋のことを忘れたかったのです。


 しかし、忘れることはできませんでした。


 その夜、ぼくはふとんに入って目を閉じるものの、廃屋の押し入れのことが頭を過ぎり一向に眠れません。何度も寝返りを打ち、ようやく眠れそうな気がしてきました。

 うとうとしかけたその時。


 ガサガサッ


 不意に物音がして、ぼくはふとんの中で息を潜め、身体を強張らせました。一体なんの音だろう、耳を澄ませます。


 ガサガサ、ガサガサ


 ビニールをひっかくような音がします。ぼくは音のする方に背中を向けていました。振り返って確認する勇気はありません。しかし、音はずっと続いています。

 つけっぱなしの扇風機の風がゴミ箱の袋を揺らしているのかも、ぼくはそう思い込みことにしました。それならゴミ箱の位置を変えればいい。このまま不快な音が続くと気になって眠れない。


 ぼくはふとんの中で身体の向きを変え、ゆっくりと音のする方へ振り向きました。

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