第四話  『ぼくらは夜明けを知らなかった』

「首から下が全部機械なんです」


 静かに、厳かにすら聞こえる声音で、カイくんが言う。

 ――店に帰ってきて、来客用のソファで、俺たちは二人並んで座っていた。カイくんは鎖骨の上あたりを指で叩く。人肌ではありえない、硬い音がする。

 いつもしていた手袋も取って、「まあ、こんな感じで」とカイくんは言った。鋼鉄の指を握ったり開いたりする。俺はカイくんとの初対面の時を思い出していた。確か俺が握手しようと手を差し出した時、彼はそれを無視した。握られることの質感で、機械であることがバレてしまうと思ったからなのだろう。

 今思えば、彼は不自然なくらい人との直接的な接触を避けていた。俺が肩を叩く時もすぐに拒絶された。そういうのが苦手なのかな、と思っていて気にしてないようにしていたけど――やっぱりあの感触は、だったのだ。


「実験施設、だったのかな。たぶん……。逃げ出した今となっては、知りようがないんですが」一息つく。「軍事利用を狙っていたようです。僕が唯一の成功例で……、そりゃあそうですよね、こんな兵器みたいなもの、早々生み出せてたまるかって。頭だけ残すのは成功して、次は脳みそだけ、それで最後は意識、っていう予定だったらしいです」


 喋るのが下手くそだな、と思うような喋り方だった。言葉を時折途切れさせ、思い出したように情報を追加していく。だけど丁寧に喋られたら、それこそこっちの気が狂う。

 カイくんは実験体で、踏み台だった。失敗したら捨てられて、成功してもいらない存在だった。


「だけど僕という実験が成功した頃には、戦争は終わってました。この情報が他国にバレたらとことん悪用されるに決まってるし、その実験施設は僕をそのまま隠し続けることにしました。……これはここに来てから知ったんですが、世論的にも公開できるような状態じゃなかったらしいですね。……そりゃあそうか……」

「――それで」唇が乾燥していることに気づき、舌で舐める。「――カイくんは、そこから逃げて、その結果あんなトコでぶっ倒れてたってこと?」


 最初に彼を見つけた時、まさに『行き倒れ』といった風体だったことを思い出す。照れたように眉を下げたカイくんは「はい」と頷いた。なるほど、なるほど。

 すごい人生を歩んできたんだなあ、カイくん。俺なんかとは比べ物にならないくらい壮絶なんだなあ。

 よく頑張ってきたね、と言おうとしたところで、カイくんがふっと顔を俯かせた。横顔でも、顔が暗くても、彼のかおかたちは綺麗だった。


「気持ち悪いですよね」

「――――」


 彼は顔の前で両の手のひらを合わせた。機械が擦り合わされる、硬質でイヤな感じの音がした。

 柔らかくなんかないから、触れたら当然どちらかが削れる。摩耗してすり減っていく。


「僕も、僕が気持ち悪いです。体の半分以上が機械で、だけどたぶん、これが破壊されても僕は生きてられる。撃たれても、コアの部分さえ無事なら痛みすら感じない。頭が人間なら人間なんでしょうか。心臓が機械なら、それはアンドロイドなんでしょうか。――体の全部が機械なら、それは確実に、人間ではないですよね」


 ――〝なあ、オレって、まだおまえの友達かな?〟


 カイくんの言葉に、別のヤツの言葉が重なる。顔を覆ったカイくんに、そいつの姿が重なる。顔も全然違うのに。口調どころか、雰囲気すらも全く違うのに。


「僕は――どこまでいったら、人間ではなくなるんでしょうか」



 それとも、もう人間ではないんでしょうか?



 カイくんの独白に、俺は何一つかけるべき言葉が見つからなかった。代わりに彼の背を撫でた。

 かけるべき言葉が見つからないなんて、そりゃそうだ。


 あの時もわからなかったんだから。

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