第一話 『いつくしみの美学』
「だァかァらァ!!」
「ひっ、」
言葉の圧で殴りつけるように怒鳴れば、相手の男は委縮したように肩を縮こまらせる。四十代くらいの、冴えない顔の男。へたり込むそいつの目の前で、おにいさんさあ、とさっきとは打って変わって優しい声を出す。
「この街でやっていく、最低限のルールってわかる? お金を借りたら返すことなんだよ。おにいさんのその義手、いくらしたと思うの? いくらウチに借金してると思うの? ……店長が優しいからって、あんま調子乗んなよ」
「か――返しますッ! 返しますから、だっだから、もうすこしだけ」
「うん。いつ?」
相手は真っ青になって、来月には、と呟いた――瞬間、俺が横の壁を蹴る。ドガン! とすごい音がして、安いボロ家の全体が揺れた。男は文字通り飛び上がり、来週には、と言葉を変える。まあ、ならいいや。
俺はニコ! と表情を変えて、「わかった、来週ね!」と確認する。コクコクと音もなく頷く彼を見てから、「カイくん、行こうか」と声をかけた。
だけど彼は端整な顔立ちを青白くしながら、さっきの男と同じように音もなく頷いた。怪訝に思いつつボロ家を出てから口を開く。
「カイくん、めちゃめちゃ顔色悪いけど大丈夫?」
「………………いま、めちゃくちゃ後悔してるところなので……」
「えっ!? なにを!?」
顔色を真っ青にさせたカイくんは、ドン引きした様子で俺のことを見る。そんな怖いことしたかなあ。いや、お仕事中は怖く見えるように振る舞ってるけどさ。
まだ青い顔をしているカイくんに、「まあ、こんな感じでさ」と仕事の説明をする。
ウチの店は機械の義手や義足を売ったり点検や整備をしたりして儲かっているのだが、この事情も知らない無一文のカイくんに「働いたらどうだ」なんて提案をするくらい、店長がお人よしなのだ。具体的には『ツケ』がまかりとおってしまう。なので、その『ツケ』をしっかりと払わせるのが俺の――俺たちの仕事。ちなみに店長がこうして人を雇うのは今までも何回かあった。さすがお人よし。
「怖い? こういうの」と言葉を紡げば、カイくんはちらちらと俺の方を盗み見た。隣で歩いてんだからすぐバレるのに。なに、って訊ねればびくりと体を跳ねさせる。
「……怖いワケでは、ないワケではないんですが」
「なんだあ、それ。どっち?」
「あの……、ギルさんも、義足なんですか?」
俺は目をぱちくり、と瞬かせる。カイくんは俺の方をほとんど見ないまま、「いや、聞かれたくないことだったら、あの、別に」と早口で言い訳を連ねた。俺は逆に、彼がどうしてそんなにも焦っているのかわからなかった。見つめ返せば、本当に申し訳なさそうな顔をしてちらりと視線を合わせる。
なに。俺の仕事の話より、こんな機械のことが気になったの?
「すみません、さっき、壁蹴った時に……、見えちゃって。それで、気に、なって」
「――義足だよ。両足ね」
「――――」
足を止めて靴紐を結ぶように座り込み、その代わりにズボンをグイッと巻き上げた。カイくんは傍から見てもわかるくらいあからさまにごくりと唾を飲む。
ズボンの布の下に隠れていたのは、銀色の機械だった。鋼鉄の骨組みとネジ、伸び縮みする人工の筋線維が丸見えの筋電義肢。肌のように見える素材を上に被せる人もいるが、そういうことをするのは金持ちだけで、金持ちは義肢をつけるような怪我はしないので、結局こういうメタリック的な見た目をしている人がほとんどだ。
両足をさらけ出して、「昔ね」と言った。
「いや、昔って言っても、たかだか数年前か。まだ復興の終わってない地域もあるし……。隣の国とさ、戦争があったこと、知ってる?」
「――はい」
「あは、やっぱ有名か。まあ、そん時に徴兵されてさ。爆撃で両足吹っ飛んじゃった。膝上部分で切断したから、リハビリがすげー大変だったな」
笑う俺に、カイくんは変な表情をしていた。驚愕とも忌避ともつかぬような、だけど随分ひどい表情。
この国じゃあ義肢は珍しいことではない。元々筋電義肢を開発したのはこの国で、それからブームのようにわざわざ切断しなくてもいい怪我ですら義肢に変えてしまう人が一時期いた。便利だし、丈夫だしね。もっともリハビリのつらさと費用の問題ですぐにその流れは収まったけれど、それでも他の国より義肢を使う人はすごく多い。ま、そのおかげで俺たちの店がやっていけてるワケなんだけど。
座った時に付いた砂をパンパンと払って、歩き出す。カイくんがそのすこし後ろをついてくる。
「その後一年くらいで戦争が終わったんだけど、不景気で元々働いてたところ潰れちゃっててさ。その時に雇ってくれたのがあのオッサンの店。整備もやってくれるしね、ちょうどよかった」
「――――」
「……旅人さんにはちょっと刺激が強かったかな。こっちのほうが怖い?」
俺も足が吹き飛んだ時、自分の足が機械になってるなんて信じられなかった。怖かったし気持ち悪くて、その事実を受け入れるのにしばらく時間がかかったけれど、今ではもうなんていうこともない。その時よりも機械義肢の人が増えたということもあるだろう。だけど彼は他の国から来てそんなことに慣れているはずもなくて、そこは気を遣うべきだった。
奇しくも先ほどの質問と全く同じになったが、カイくんは今度はハッキリと「いえ」と首を振った。
「怖くはないです」
その毅然とした声と表情に、自然と頬が緩んだ。
――そっか。俺たちのこと、怖くないんだ。
「じゃあ次行こっか! れっつごー、取り立て!」
「……いや、それはやっぱり、ちょっと怖いです」
「あえぇ!? なんでえ!?」
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