第3話 兄と妹
世界で一番尊敬している人は誰と聞かれたらまず真っ先にお兄ちゃんと答える。
世界で一番好きな人は誰と聞かれてもお兄ちゃんと答える。
将来結婚したい人は誰と聞かれたら法を犯す覚悟でお兄ちゃんと答える。
私はそんな女の子だった。人は私をブラコンだと言うけれど構わない。事実、兄は女の子の憧れを集めて作られたような人だったから。
容姿端麗、博覧強記、才色兼備、めっちゃ優しい。料理もできるしお菓子も作れる。勉強してて分からない事があれば教えてくれるし、デートをしようと誘えば必ず来てくれる。将来お嫁さんになりたいと言ったのは5歳の頃だけれど、当時8歳のお兄ちゃんは「いいよ」と言ってくれた。そうやっていろんなワガママを言って育った私だけれどお兄ちゃんは全部受け入れてくれた。
「困った子だなぁ、美沙は」と必ずため息をつかれるのだけど、そういう時に私は特別な愛情を感じるのだった。だって、ため息をついた後は頭を撫でてくれるから。
そんなお兄ちゃんは大学進学を機に家を出て行ってしまった。京都にある大学だった。
「お兄ちゃん~~、向こうに行っても元気でね。毎日お手紙書いてね。私のこと忘れないでね」
「うん、忘れないよ。向こうに着いたら連絡するから」
「変な女に引っかからないでね。たまには帰ってきてね。またお菓子食べさせてね」
これからお兄ちゃんと離れ離れになるのだと思うと寂しさで胸がきゅっとなった。涙がこみあげてきて、寂しさに耐えきれなくなってお兄ちゃんに抱き着いた。
「困った子だなぁ……美沙は」
お兄ちゃんも涙をこらえているようだった。
☆☆☆
しかし、その日から私は生まれ変わった。今までお兄ちゃんに甘えきっていた分がぜんぶしわ寄せになってやってきて、私がいかに勉強できないか、お掃除ができないか、一人では何も決められないかを、ぜんぶ突きつけられたのだ。
お兄ちゃんと同じ大学に行きたい。
そう思ったら勉強をするしかなくて、同じ所に住みたいと思ったら料理をするしかなくて、自立した女として見てもらうためには一人で何でもできる行動力を身に着ける必要があった。
高校生活を全部使ってでもいいと思っていっぱいいっぱい努力した。
「う、受かった~~~~~~! 受かった、受かったよお母さん!」
その努力のかいあって、私は大学に受かる事ができた! 日本でも一二を争うくらい偏差値の高い大学で、こんなところにあっさり合格したお兄ちゃんはやっぱりすごいと思う。
「ね、お兄ちゃんに報告してきていい? いいよね!」
「もちろんいいわよ。
「スマホで調べる! もう泊まってもいいんだよね」
お母さんが止めるのも聞かずに私は走り出した。実は事前に調べていたから場所はばっちりだ。たった3年離れていただけなのにもう10年くらい会っていないような気がする。
「お兄ちゃ~~~~ん! 私受かったよ! 来年から同じ大学に通えるよ!」
ドアをばーーんと開け放ってお部屋に入る。綺麗に整頓されていて硝子のテーブルがあったりするオシャレな部屋……を想像していた私は、開いた口がふさがらなかった。
「な、なにこれ! 泥棒に入られた!?」
そこには想像を絶する地獄が広がっていた。
「……ん、ああ、美沙か」
「お、お兄ちゃん、どこ!? どこにいるの!?」
声の出どころを探してきょろきょろ見渡すけれど何も見つからない。が、もこもことホコリを空気中に舞い上がらせながらもじゃもじゃとしたものがガラクタの中から姿を現した。私は「ぎゃーーー!」と叫び声をあげた。
現れたのは、服はしわくちゃであごには芝生のような
その人物はざらざらとあごを撫でながら私の方を見た。
「つばめか、大学に受かったんだってね」
「え、あ、あれ? お兄ちゃん……だよ、ね?」
「そうだよ。おめでとう」
それは腐れ大学生と化した兄であった。昔のかっこよさはどこへ行ったのか。難しい本や専門書で埋め尽くされていた本棚には漫画や小説が並び、綺麗好きだった部屋は怪獣の模型地球儀パソコン布団などなどが床を覆い尽くしている。
お兄ちゃんは大きなあくびをして伸びをした。ボロボロとこぼれ落ちる雑誌に水着姿の女性が写っている。私はムッとして「おめでとうじゃないよ! 何この部屋!」と思わず声を荒げた。
「うん、昨日は徹夜だったのだ。さっき帰ってきたばかりでなぁ」
「もーーー! 今日から私も暮らすんだから片付けするよ!」
「あぅ、そうだったっけか」
「おにーーーーちゃん!」
「ごめんよ、とりあえず返済期限を過ぎたビデオを返すか」
「……………………」
いや、落ち着け、私。お兄ちゃんには今まで無理をさせていたのだろう。ワガママばかり言う私から解放された反動で自堕落になってしまったのだ。ならむしろ成長した私を見てもらうチャンスだし、私がしっかりしていればお兄ちゃんも自然と元に戻るはずだ。きっとダメダメなのは今だけだ。
「もぅ、じゃあお兄ちゃんはそれを返してきて。私は部屋のお掃除をしておくから」
ズカズカと部屋に入り込んで仁王立ちをしてみる。お兄ちゃんは寝ぼけまなこのままぼんやりと私を見つめた。
「つばめも頼もしくなったなぁ。さすが我が妹」
「お兄ちゃんも昔はかっこよかったんですぅ」
「過去は過去。今は今だ」
「馬鹿なこと言ってないで早く行く!」
「ふぁい……」
お兄ちゃんを追い出して、私は腕まくりをして部屋の掃除にとりかかった。お母さんは家で寝てもいいと言ってくれたけどそれはダメだと思う。今度は私がお兄ちゃんを引っ張る番なんだ。
「つばめ」
「うん? どうしたの、忘れ物?」
「いや、昨日夜通し闇鍋パーティをやっていたから食材が無いんだ。ビデオを返すついでに買い出しに行こうと思うんだけど、つばめにもスーパーの場所を知っておいてもらった方がいいと思ってな」
「あ、それは知りたいかも」
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
ダメダメになったお兄ちゃんだけど、こういう細かい気づかいは元のままだ。それで私は嬉しくなって、ダメダメ加減も許せる気がした。「困った人だなぁ……お兄ちゃんはっ」
「うむ……なぜ頭を撫でるんだ」
「えへへっ な~いしょっ」
「むぅ………」
私がしっかりしているところを見せられたら、お兄ちゃんは私を好きになってくれないだろうか。
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