第11話 漁を見学してます
「おい、漁師の旦那方よ。雇っている冒険者はオレだけじゃないのかよ」
「いや、あれはただの同行者だ。気にするな」
翌日、私は漁師の一人であるラギさんに船に乗せてもらうことになった。
漁師の朝が早いのはこっちの世界でも同じだ。
夜中のうちに慌ただしく船を出して、海に出る。
ラギさんの船は私がよく知る帆船に見えて、実は風の魔石の力で動いているらしい。
つまりあの帆で風を受けて船を動かすんじゃなくて、エネルギーを取り込むためのものだ。
取り込んだエネルギーを風の魔石に蓄積させて、船を動かす力へと変える。
それだけで沖のほうまでぐいぐいと進んでいける船と聞いて感心した。
だけどこの船はだいぶ旧式だと聞いて驚く。
私が聞く限りガソリンを必要としない分、だいぶ先進技術のように思える。
いわゆる風力発電は風力を利用して電気に変換するけど、似たようなものかな?
ふんふんと感心して船を見て回っている私を訝しむのがラギさんに雇われた冒険者だ。
名前はディオル、二級冒険者だ。
冒険者については不勉強だけど、ラギさんが言うには二級はディオルさん含めてこの港町に三人しかない。
二級ともなれば商業ギルドから直々に依頼されることがある。
不足分の食材や資材の調達だけじゃなく護衛も引き受けるということで白羽の矢が立った。
海の上で戦い馴れている冒険者は少ない。
商業ギルドとしても不足しているホワイトマグロの漁となれば、喜んでディオルさんに依頼するわけだ。
そうなると護衛の報酬はお高いんじゃないの、と思うけど聞けなかった。
そんなディオルさんは私より三つくらい年上の青年剣士で目に傷がある。
風に赤髪をなびかせて、私を呆れたように見ていた。
「セアとか言ったな。漁の見学ということだけど、船長やオレの指示には必ず従ってもらう」
「わかりました。ホワイトマグロのためなら何でもします」
「食い意地だけで危険な漁についてくるなんて変わった奴だな……」
「よく言われますねぇ」
学校でも友達と呼べる子はいなかったし、たぶん避けられていたんだろうな。
いつからだったかな?
空手の全国大会出場経験がある部長を一発で倒しちゃった時からだったかな?
両親のせいで入部できなかったけど、本当はやってみたかった。
「ラギさん、ホワイトマグロが釣れたらもちろん恩恵はあるよな?」
「あぁ、わかっている。たまにはいい釣果を上げて気持ちよく飲みたいもんだな。つまみはソルジャーイカの網焼きだ」
「いいねぇ。それならコワール地方産の邪神で決まりだな」
ぎょっとする単語だけど、たぶんお酒のことだ。
元の世界にも魔王なんて名前のお酒があった気がする。
ラギさんとディオルさんはお酒のことでだいぶ盛り上がっていた。
この二人、以前からの飲み仲間みたい。
お酒の良さはわからないけど、気を許せる人間がいるというのは気持ちいいものかな?
「そういえば、ラギさんよ。久しぶりにサンマがとれたんだってな。この前、漁業ギルドで大騒ぎしていたよ」
「あぁ、なんだか大量の魚を納品した奴がいたらしいな。運よく釣れたみたいで、羨ましい限りだ」
「運ねぇ。果たして本当にそうかな? あの海域で海の殺し屋に狙われないなんて考えられないけどな」
「なんでも女の子らしいぞ。冒険者でもなさそうだと聞いたからな。とても強そうに見えなかったってんだから運が良かったんだろう」
どこかで聞いたことがあるエピソードが展開されていた。
まさか30万ゼル以上の報酬をもらった女の子の話じゃないよね?
ディオルさんが語るには海の殺し屋サハギンは単独でも小さい船なら沈めるほど厄介な魔物らしい。
海に出るには最低でもサハギンに船底に穴をあけられないような船であることが最低条件だとか。
船が頑丈だと知ればサハギンは甲板にいる人間を狙う。
揺れる船の上でサハギンと戦える冒険者はあまりいないみたいで、そのせいで未だ海には多くの宝が眠っていると言われている。
「ディオル、お前ならサハギンなんて余裕だろ?」
「買い被らないでくれよ。オレはあいつらを舐めたことなんて一度もない。それにやばいのはサハギンだけじゃないからな。例えば船喰いグランシャークなんかは船底を齧る」
「この旧式の船なら一発だなぁ……」
ラギさんが何かの装置をいじりながら、ディオルさんと会話している。
巨大なルアーに魚が取り付けられていて、鎖ごと海に沈んでいく。
要するに大きい釣り竿だ。
魔石だの魔法がある世界だけど、こういうところはちょっと原始的だ。
それとも、この船が旧式だからというのもあるのかもしれない。
ルアーに繋がっていた鎖が少しだけ揺れていた。
私が物珍しそうに見ていると、ラギさんが何か察したみたいだ。
「こいつが気になるか? ホワイトマグロみたいな巨大魚専用の魔道具だ。もう三十年以上も前の骨董品だが、未だ現役だぜ」
「魔道具……パン屋さんでも使ってたっけ」
「金さえあれば新しいもんに取り換えてもいいが、まだこいつは頑張ってくれているからな」
「確かに壊れてもいないからねぇ。ものを大切にしてるんですね」
「ハッハッハッ! いい仕事は道具への感謝から、だ! とはいえ、最新式に浮気したくもなるがな! ハァッハッハッハッ!」
ラギさんが豪快に笑う。とっても海の男って感じだ。
夜明けの海の音を聞きながら、私は体育座りしながらラギさんの仕事ぶりを見ていた。
巨大ルアーの次は銛を用意している。
あれでホワイトマグロを刺して動きを封じるんだろうな。
大きい魚なら釣っただけじゃ普通に暴れるだろうからね。
ディオルさんは剣の手入れをして戦いに備えている。
二人とも忙しそうなのに私は何をしているんだろう?
一応、お金は払ってるけどディオルさんがいなかったら見学なんて許されなかっただろうな。
あのディオルさんがそれだけ強いということか。
確かによく見たらなんかこう隙がない。
私は戦いに関しては素人だけど、なんとなくそれはわかる。
「……ラギさん、仕事させてもらうぜ」
「来たか」
ディオルさんが立ち上がって剣を構えた。
次の瞬間、海から魚が弾丸みたいに飛び出してくる。
ヒレが刃になっていて、ディオルさんはその魚を一刀両断。
次に飛び出してきた魚も同じ末路を辿った。
「スピアフィッシュか。安い仕事だな」
「ひゅー……いつ見ても惚れ惚れするぜ。やっぱり護衛を頼むならお前しかいないな」
すごいな。
あの速さを捉えるディオルさんの動体視力と剣術。
何より事前にあれが襲ってくることを察知していたな。
長年の勘というやつかな?
これが港町有数の二級冒険者か。
涼しい顔をして次の襲撃を待ち望んでいるかのように見える。
なるほどね。私もこの世界で生きるなら、もっと強さに貪欲になったほうがいいかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます