第12話 ホワイトマグロが気になる
巨大ルアーに繋がった鎖がガシャリと揺れた。
揺れが激しくなると共に、装置自体もきしみ始める。
ラギさんが大慌てで装置のレバーを引いて、鎖がピンと張った。
「さっそく来たぞ! お嬢ちゃん、見てろよ! これが海の男の漁だッ!」
すごく気合いが入った叫びと共に鎖が海から引き揚げられた。
海面が盛り上がり、白一色の巨大魚が引っかかった巨大ルアーが吊るされる。
目がほんのり青くて、大きさはたぶん五メートルくらい。
その巨大魚が空中で体を左右に揺らして暴れていた。
揺れた際の風圧だけでかなり力のある魚だとわかる。
ラギさんは予め用意していた銛をホワイトマグロの腹に突き刺す。
血が滴って海に落ちて、ホワイトマグロはまだ暴れている。
もう海から引き上げられて刺されているというのにものすごい生命力だ。
追撃をくらわせるのかなと思ったけど、ラギさんはそのまま静かに待った。
「よし、いいだろう。甲板に上げる」
息絶えたホワイトマグロがルアーと共に甲板に運ばれた。
これどうやって持ち帰るんだろうと思っていたら、ラギさんが船に備え付けられていたボックスの蓋を開く。
巨大ルアーでホワイトマグロをボックスまで移動させて、ラギさんが外す。
気にしてなかったけど、あれはアイテムボックスかな?
私が持っているアイテムポーチよりもかなり大きい。
ラギさんは一つの仕事を終えて、甲板にある椅子に座った。
「まさかこんなに早く釣れるとはなぁ。こりゃ幸先がいいぜ」
「ハハハッ! まるで幸運の女神でもついたかのようだな!」
「あのお嬢ちゃんのことか?」
「今までずっと不漁だったんだろ? 今日はとことん釣って帰ろうぜ」
私のおかげで釣れるなら、ホワイトマグロの一匹でも献上すべきだ。
神様をないがしろにしたら罰が当たるんだけど、この世界ではそういうのないのかな?
さっきのホワイトマグロ、鮮やかだったな。
純粋な白じゃなくて、所々に銀の筋が入っていてどこか神々しく見えた。
それに通常のマグロより遥かに大きい。
元の世界だと大きすぎるマグロはあまりおいしくないなんて聞くけど、あれに関してはどうかな?
私としては大きければそれだけ部位辺りの質量が増えるからありがたいんだけどね。
居ても立っても居られなくなり、私は甲板から身を乗り出した。
目視で確認できるほど甘くないだろうけど、こうなったら潜ってでも――
「おい、勝手に海に近寄るな――」
ディオルさんが忠告した直後、海面からまたスピアフィッシュが飛び出してきた。
咄嗟にしゃがんでかわした後、ディオルさんが切り裂く。
「あっぶねぇな。おい、怪我はないか……ないな」
「すみません。気をつけます」
「お前、すごいな。スピアフィッシュの速度は達人の剣速並なんだが……」
「ア、アハハ……偶然ってすごいよね」
思ったよりそこまで速くなかったような?
あれだったら手で掴めると思う。
ただ問題はスピアフィッシュがおいしいのかどうかだ。
そう思っていたらディオルさんが斬ったスピアフィッシュの半身を摘まんだ。
「こいつは昔から多くの船乗りを殺してきた。クソ速いから対処できる冒険者も限られている上に食べてもおいしくない。はた迷惑な奴だよ」
「けしからんですね!」
「……そういえばお前、名前は?」
「セアです」
「セアか。敬語はいい。お前、実は戦いの経験がないか?」
ディオルさんがどこか挑戦的な眼差しを向けてきた。
そんなやばい魚の奇襲を私が回避したんだから、気になるか。
ただ冒険者になる予定は今のところない。
冒険者になるということは冒険者ギルドに所属するということ。
お金を稼ぐだけなら魚を獲ってくればいいし、組織に管理されながら動くというのがどうにも嫌だ。
せっかく異世界に来たんだから、自由を満喫したい。
ディオルさんの問いに私は首を振って答えた。
厳密にはウソだけど、経験があると言えるほど結果を出していない。
「そうか。変なことを聞いて悪かった」
「それより次のホワイトマグロがかかったみたいだよ!」
ラギさんが巨大ルアーと格闘していた。
今度はなかなか釣り上げられないほどの大きさらしい。
ディオルさんが駆けつけてレバーを一緒に倒そうとするけど、なかなか下がらない。
「こ、こいつ……相当の大物だぞ!」
「ディオル! 気合い入れてくれぇッ!」
男二人でもなかなか釣り上げられないってすごいな。
二人が頑張ってるのに私が黙ってるのも居心地が悪い。
そっと近づいて私はレバーの先端を握った。
「そおぉーーーいっ!」
レバーがするっと下がり、巨大ルアーが海面から勢いよく飛び出す。
反動がきたのか、巨大ルアーがホワイトマグロと共にぐわんぐわんと揺れた。
海水をまき散らしているそのホワイトマグロの大きさはさっきの倍以上だ。
「でっけぇーーー!」
「ラギさん! こりゃ突いたくらいじゃ黙らなさそうだ! オレがやる!」
「頼む!」
ディオルさんが巨大ホワイトマグロに突きを繰り出す。
突風と共に巨大ホワイトマグロの腹に突き刺さり、ようやく大人しくなった。
今のなに? 真空的な?
ラギさんが息を吐いた後、巨大ルアーを降ろした。
これアイテムボックスに入るのってくらい大きい。
「ウインドトラストはちょっとやりすぎたかな?」
「いや、ありがてぇ。だがこいつはこのまま陸に運ぶしかないな。さすがにボックスに入らん」
「そうだな……。いや、でかすぎだろ。漁師二十年目にして、とんでもねぇのが釣れちまったな」
「オレも冒険者生活はそれなりに長いが、こんなもん初めてみた。そういえばさっき、セアが手伝ってくれなかったか?」
二人が私をジロリと見る。
違うって、ほら。硬いビンの蓋を開けようとしてもなかなか開かない時があるでしょ?
それが他の人にやってもらったらスッと開くじゃん。
それと同じだよ。力の入れ方とか、あと一歩のところにひと押しが加わったとかそんなところだよ。
「二人とも力が強いね! 私も手伝おうと思ったんだけど、手を乗せた瞬間レバーが下がっちゃった!」
「そうか……? そおぉーーいとか聞こえたんだが……」
「ディオルさん、護衛中だよ。警戒心を緩めないでね」
「そ、そうだな」
うん、さすがに無理があるよ。
冷静に考えたら別にごまかす必要はないと思うんだけど、あまり注目されるのは恥ずかしいからね。
そう思いつつ、巨大ホワイトマグロに手をぴとりと当てた。
このたっぷり詰まった身がほぼ食材になるのか。
やば、涎が出てきた。
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