第10話 夜の居酒屋での出来事

 夕食に立ち寄った店は居酒屋みたいなところだった。

 どちらかというとお酒を飲む人達で溢れていて、ややうるさいけど味さえよければ良し。

 私が入ると店員が大声で迎えてくれた。


 テーブル席についてメニューを見る。

 ざっと見た限りではここは港町らしく海鮮系の料理がメインみたいだ。

 なかなか豊富で迷ったけど、ここはシーフードグラタンを注文した。


 元の世界でも食べられたこの料理、果たして味はどうかな?

 料理が来る間、私は店内を見渡した。

 よく見ると女性客はあまりいないな。

 どちらかというと冒険者や漁師らしき人達が目立つ。


 山盛りになった焼き魚をチキンみたいに頬張って食べている人やお酒を水みたいに飲む人。

 どれもザ・屈強な男って感じだ。


「こうも不漁が続いちゃ、メシが食えなくなっちまうよ」

「まったくだ。ホワイトマグロ一匹でも釣れりゃ生活が大助かりなんだがな」


 近くの席に座っていた漁師達が愚痴をこぼしていた。

 ホワイトマグロ、元の世界にはない魚だ。

 漁師達の口から出るからにはきっと食べられるものなんだろうな。


 どんな味をしているんだろう?

 一匹で生活が大助かりということは、価値が高いものに違いない。

 ホワイトマグロか。イメージ的においしそうな名前じゃないな。

 いや、それを言ったらマグロ自体がそうだ。

 だってグロだよ、グロ。ぐろい魚なのって思っちゃう。


 一度考え始めるとかなり気になってくる。

 私は漁師達の会話に聞き耳を立てていた。 


「何がムカつくかっていうとよ。釣れそうになった時に限って魔物が来るのよ」

「それだよ! あいつら、まるで見計らってるかのように来るんだからな!」

「この前なんか雇っていた冒険者が負傷しちまってな。高い金払ったってのによ……」

「あいつらもなっさけねぇよなぁ! せめて報酬分くらいは働けってんだ!」


 憂さ晴らしのごとく漁師達は酒をあおっている。

 冒険者まで雇って釣果なしじゃ、確かに赤字まっしぐらだ。

 魔物がいる海で漁師をやるなんて、まさに命がけだよ。


 この居酒屋のメニューにある鮮魚料理に使われている素材はまさに漁師達の血と汗と涙の結晶だ。

 そう感じたほうがより料理がおいしく感じられる。

 ありがとう、漁師のおじさん達。


「ホワイトマグロはなぁ、あれはうまいよなぁ。部位によって味と食感が全然違うもんな」

「俺はヒレに近い部分が好みだ。程よくとろっとして、うまいのなんの……。ステーキにちょうどいい」

「それだったらなんといっても腹だろ。とろっとどころか、とろぉぉっとしてるぜ」

「焼いた時に焦げ目と一緒に食べるのがいいんだよな。あの過剰な油がまたくせになる」


 ちょっとあなた達、私の前で何を話してるのさ。

 こっちはシーフードグラタンが来る前だっていうのに、すでにホワイトマグロに心を奪われつつある。

 やだ、涎が出てきそう。


 ホワイトマグロが気になる。なに、とろぉぉっとしてるって。

 マグロの上位互換みたいなものかな?

 でもこっちの世界で魚を生で食べる習慣ってあるのかな?

 ステーキとか言っていたし、焼いて食べるのが主流な気がする。


「出汁をとった汁で茹でるのもうまいよな」

「ホワイトマグロの角煮は死んだ親父が好物だった! 犬に食わせたら翌年に海に落ちるってのが口癖だった!」

「そんなもったいねぇことしたら、確かに海の神様に怒られるかもな」

「口の中でほろっとほどけるのがたまんねぇんだよな! 漁から帰ってきた親父がいつもオレに食わせてくれた!」


 お二人さん、ここにホワイトマグロに心を奪われている女の子がいることをご存じかな?

 体が震えてきた。自分がこんなにも食に執着があるとは思わなかったよ。

 昼に買ったパンも全部食べちゃったし、お腹くらい空く。 

 せめてシーフードグラタンがくれば――


「お待たせしましたぁ! シーフードグラタンだよ!」

「っしゃあああぁーーーーーー!」

「ひっ!?」

「あ、すみません……」


 思わず叫んでしまった。やだ、視線が痛い。

 慌てるんじゃない。ただシーフードグラタンが来ただけだ。

 漁師達もなんだこいつみたいな目で見てくる。


 気にせず私はシーフードグラタンにスプーンを入れた。

 グラタンはスプーン派だ。フォークだとホワイトソースを取りこぼしてもったいない。

 まずはホワイトソースのみ食べてみる。


(あっちゅ~~~い……)


 熱々で口の中が火傷しそうだ。だけどこれがいい。

 熱い中にもホワイトソースとわずかに染みた海鮮系の味を感じられた。

 具材は貝か何かかな?


 スプーンでほじくってみると、確かに貝の身が出てきた。

 ホワイトソースに絡めて食べると、身からも汁が出てきて二重の旨味がある。

 グラタンは容器の淵にこべりついた焦げ目を削って食べるのがおいしい。


 他の具材はエビだった。

 それも一匹や二匹じゃなくて何匹も入っている。

 二、三匹しか入ってないケチなシーフードグラタンとは格が違った。

 噛むとぷりっとした正直な食感のエビだ。やっぱり格が違う。


 最後は器のホワイトソースを丹念にすくって最後の一口まで味わう。

 何の容器でどういう調理をしているのかわからないけど、最後まで熱々でおいしかった。

 食べた、食べた。余は満足じゃ。

 と、いきたいところなんだけど未だ私の心を揺らしている存在がある。


 それがなまじシーフードグラタンを食べたものだから、より惹かれていた。

 普通の食材でここまでおいしいと思えるなら、ホワイトマグロはどれだけなんだろう?

 ホワイトマグロ、ホワイトマグロ、ホワイトマグロ。


 気がつけば私は立ち上がって漁師達のテーブル席に行っていた。

 酒をちびちびと飲んでいた漁師の一人が私に気づいてぎょっとする。


「な、なんだ? 何か用か?」

「あのぉ、ホワイトマグロって魚について詳しく教えてほしいんですけどぉ」

「いきなりなんだってんだ……」

「ホワイトマグロって魚は海にいるんですよねぇ?」

「そりゃ魚だから当たり前だろ……」

「なんだよ、お嬢ちゃん。酔ってるのか?」


 うっとりとした私に漁師達が驚愕している。

 確かに私はホワイトマグロに酔っているかもしれない。


「私も漁に連れていってください」


 私はホワイトマグロに、じゃなくて。漁師達に深々と頭を下げた。

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