第9話 港町を歩く
思わぬ大金が手に入ってしまったから、ついでにこの世界の相場について把握しよう。
日用品や食料、料理、土地や家の値打ちを知っておきたい。
私には万能船があるから実際に必要なものとなると限られてくる。
この世界を楽しむためにはできるだけ知識を入れておきたい。
それにこれから先、誰かと関わった時に基本的なことすら知らないようじゃ怪しまれる可能性がある。
漁業ギルドを出て、町の市場に向かう。
路上に絨毯をひいて商売をしている人が目立った。
雑多な市場で、装飾品らしきものから使用用途が不明な道具まで幅広く売られていた。
どれも値段が書かれていないから、聞く覚悟が必要みたい。
魔道具と書かれているから、きっと何らかの効果がある道具なんだろうな。
どれ、鑑定。
名前:金運のネックレス
効果:身に着けると金運がごくわずかに上がる。
ごくわずか、ね。
個人の感想ですって続きそうな説明分だ。
でも鑑定でそう示されているからにはわずかだろうと効果があるんだと思う。
もう一つは――
名前:剛力の腕輪
効果:身に着けると力が上がる。
なるほど、なるほど。
怪しい雰囲気の店だと思ってたけど、それなりに効果があるものが売ってるんだね。考えてみたら商業ギルドのおかげで詐欺まがいの商売なんて簡単にできないか。
食べ物は豚の魔物を丸ごと吊るしたものが販売されていて、値段は一匹あたり20万ゼル程度。
いくつも連なったソーセージは一つ辺り2000ゼルと、食料一つとってもピンからキリだ。
厚いステーキ肉みたいなものが雑多に積み上げられていて、一つあたり1300ゼル。
見たところ、一人分の量かな。
隣に置かれている適度な厚さのスライス状の肉は一枚200ゼルと、ずいぶん落差がある。
日本と違ってスーパーというものがないから、一般の人達はここで買い物をするみたいだ。
話を聞くと家畜の肉やミルク、野菜や果物はすべて農業ギルドから仕入れているらしい。
野生の肉なんかは狩猟ギルドか冒険者ギルドで、吊るされている豚の魔物の肉なんかは冒険者が狩ってきたものだ。
冒険者ギルドではああいう魔物討伐の依頼を引き受けているわけだね。
一匹あたり20万ゼルということは冒険者の手元に残る報酬は当たり前だけどそれ以下だ。
いいところ半分として10万ゼル、あの通常サイズの肉一つで200ゼル一食分とすると一ヵ月の食費で18000ゼル。
多めに見積もっても30000ゼル以内として、残り7万ゼル。
もちろん毎日肉ばかり食べるわけにはいかないから、あくまで暫定だけどね。
いや、パーティ戦を想定すれば一人当たりの分け前が更に減るのを忘れていた。
そう考えると冒険者として生きるのはどうなのかな。
贅沢をしなければ生活できるか。
と、目の前を横切った冒険者達を見てふと思った。
でも楽しそうに笑い合って歩く姿を見ていると、こっちも楽しい気分になる。
人生、お金のことなんか二の次だ。
あの人達だけじゃなく、この市場には活気で溢れていた。
露店で一つ果物を試しに食べさせてもらった。
めちゃくちゃ酸っぱい顔をしたら、おばさんにケラケラと笑われる。
騙されたというより、これはそういう果物らしい。
私に三つくらい持たせてくれたから、きっとそうだ。
いや、売れなくて在庫処分しているという可能性もあるか。
果物ではちょっと酸っぱい目にあったけど、他の食べ物はどうだろう?
おいしそうな匂いに誘われてパン屋に行ってみた。
焼きたての塩パン一つで40ゼル、安い。
かじってみるとこれがなかなかおいしい。
塩味がパン全体に広がっていて、ふわりとした食感がいい。
よく見ると工房の奥に見たことがない窯があった。
宝石みたいなものがたくさん埋め込まれていて、焼いている最中は赤く光っている。
丸い窯の両側には耳みたいに煙突がついていて、煙がぷしゅーと漏れていた。
「あれは火魔石による魔道窯だよ。先代から使っているからだいぶ旧式だけどね」
「火魔石?」
「魔力が籠った魔石の力を利用しているんだよ。ずいぶん珍しがるけど、田舎から出てきたのかい?」
「そ、そんなところですね」
魔石か。元の世界では考えられない物質だ。
もしかしたらあの万能船にも組み込まれているのかな?
なんて私なんかが考えてもわかるわけない。
塩パンが気に入ったから他のパンを買っておいた。
塩パン五つ、チーズ焼きパン三つ、チーズソーセージパン三つ、オニオンチーズパン四つ。
うーん、チーズが被ったな。マヨネーズパンが好きなんだけど、さすがにないみたいだ。
マヨネーズなら食糧庫にあるし、今度作ってみようかな。
船上でパン焼きというのも案外乙なものだよ。きっと。
チーズ焼きパンをかじりながらまた市場を歩く。
食べ歩きが最高だね。こうやってダラダラと目的もなくフラフラする時間が好き。
あそこにあるのは串焼きの店かな?
肉の香ばしい香りに我慢できず、バーストボア串というものを購入した。
豚肉を少し硬くして肉汁が滴るこの感じは実に食べ応えがある。
下味もしっかりついてるし、これは当たりだ。
もう一つの鳥串は少し臭みが強い。ちょっと残念。
歩いているうちに日が沈んできた。
でも市場の喧騒は収まらず、むしろ夜からが本番と言わんばかりの賑わいだ。
今日は港町のどこかに宿に泊ろうと思ったけど、違う様相ならまた歩いてみてもいいかな。
本格的に日が沈むと、雰囲気が一変。
怪しげな男が怪しい店への客引きをやっていて、通行人と押し問答をしている。
酔っ払いがゲラゲラと笑いながらふらついて、片や路上に座り込んで酒盛りをしている人達もいた。
気がつけば何時間も歩いていたな。
もう少し夜の雰囲気を楽しみたい。
酔っ払い同士のケンカなんて初めて見たな。
ふらついているせいで全然力が入ってないし、重心や態勢もムチャクチャだ。
それでも互いに殴り合っているうちにヒートアップして、片方がビンを片手に持つ。
あのまま殴ったら死んじゃうよ?
私は手頃な石を拾ってから、酔っ払いに投げた。
石が酔っ払いの片手に命中してうずくまり、訳の分からない怒鳴り声をあげている。
そうこうしているうちに衛兵がやってきて引きずられていった。
見つかるとまずいから、とっとと立ち去ろう。
今日は適当な宿にでも泊まるつもりだ。
今夜はゆっくり眠りながら、明日の方針について考えようかな。
お金はたっぷりあるし、引き続き観光にするか。
と、その前に夕食を忘れていた。
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