第8話 あの魚の意外なレア度
漁業ギルドは元いた世界でいう市場に似ている。
港に建てられた巨大な建物の中に延々と続くように見える魚の絨毯。
いや、表現が適切じゃないかもしれないけど一面が魚売り場みたいになっていた。
ここで魚を売っている人達全員が漁業ギルドの人か。
魚二匹が互いの尾を追いかけているような丸いシンボルをエプロンに刻まれている。
ああいう所属を示すシンボルがちょっとかっこいいなと思ってしまう。
どこも活気で溢れていて、一つの競りに対して多くの人達が集まっている。
大人二人分の身長がある魚が吊り下げられていて、5万だの6万なんて金額が叫ばれていた。
あれ、どんな味がするんだろうな?
どこで獲れるんだろう?
眺めているうちに涎が出そうになった。そんな私を怪訝な顔で見る人達。
なんでもないです。ただの食いしん坊です。
ごまかすかのように早歩きで立ち去り、目指すは査定場だ。
いくつかの列があって、全員が魚を売りに来た人達だ。
漁師らしい人が目立つけど、武装した人も少なくない。
細長いウナギみたいな大きい魚を抱えている人や背負っているカゴから蟹らしきハサミをちらつかせている人。
あれはたぶん自力で獲ってきたんだろうな。
ここにくるまでにまた聞いたんだけど、この世界には冒険者と呼ばれる人達がいるらしい。
元は人が簡単に立ち入れないところを冒険するという意味でつけられた名前だ。
大昔、未踏破地帯を探索したことで有名なリンガルという人が魔物討伐もやっていたことで最近では名前の意味合いが変わったとか。
それまでは魔物に見つからないように知恵を絞って探索するのが一般的な冒険者だった。
リンガルの活躍で冒険者の風向きが変わり、それから魔物討伐をこなす人が少しずつ増えて今に至る。
あの冒険者達はきっとおそろしく強いんだと思う。
あの化け物みたいな魚を獲ってくるくらいだし、それで生計を立てているなんてとんでもない話だ。
私のずっと前に並んでいたウナギの化け物を獲ってきた人の査定が始まった。
「これほど大きいボルトウナギは見たことがない! 査定額は30万ゼルは下らないだろう!」
「ガッハッハッハッ! 当然だな!」
大柄な戦士風の男が得意げに笑う。
他に並んでいた人達も感嘆の声をあげる。
30万ゼルの価値はわからないけど、たぶんすごい。
機嫌よく立ち去った後、次々と列が消化されていく。
大体3000、6000と四桁に収まる査定額ばかりだ。
さっきのおじさんがいかにすごいかよくわかる。
そしていよいよ私の番だ。
アイテムポーチから魚を大量に取り出して査定に使うトレイに乗せようとした。
「ちょ! ちょっとちょっと! さすがに多すぎる!」
「え、ダメですか?」
「どこでこんなに獲ってきたんだ? しかもこれはサンマじゃないか! この辺りの海域じゃ獲れない魚だぞ!」
「そ、そうだったんですか」
サンマがレアとか、元の世界を思い出した。
あっちはとりすぎたせいで不漁になったけど、こっちでは単純に生息域が違うわけか。
サンマは元の世界でも使われている魚の名前だけど、【言語】スキルのおかげで私には翻訳して伝わっている。
そして私がサンマという言葉を使ってもきちんと相手に伝わっているから便利だ。
サンマくらいなら何匹もいるし、自分で食べる分さえあればいい。
驚いたのはギルドの人だけじゃないようで、後ろでもヒソヒソが加速していた。
「なぁ、サンマってそんなに珍しいのか?」
「バカ、お前知らないのか? サンマを狙って船喰いのグランシャークが寄ってくるから、生息海域自体が危ないんだよ」
「ゲッ……マジかよ!」
「他にも海の殺し屋サハギンの生息海域だったり、とにかくサンマは海の人気者なんだ。人が獲り合うには難しい魚だよ」
「じゃあ、あの子はなんでそんなの獲ってこれた?」
あの子達、殺し屋だったの?
その割にはちょっとかわいい見た目していたし、意外と素直だったよ。
私、それだけ強かったんだな。
でもグランシャークはさすがに無理だよ。だってサメだよ?
私が殴ったあのサメは違うでしょ。たぶん。
「応援頼む!」
「どうした?」
大量の魚の査定にだいぶ時間がかかっているみたいで、他の査定員を呼んでいた。
いくつものトレイごとに魚が分けられて、査定員達が右往左往している。
なんか申し訳ないな。後ろからの視線も痛い。
それから待つこと10分、ようやく査定が終わったみたいだ。
「合計244匹……査定額……80万……」
さっきのボルトウナギ以上の査定額が出てしまった。
金額が告げられたと同時に後ろの列から歓声が上がる。
どうやらサンマ以外にもレアな魚がいたみたいで、予想以上のお金を手に入れてしまうみたいだ。
査定員からお金が入った袋を手渡されて、ずっしりとした重みを感じる。
どうやら紙幣というものはないらしく、すべて硬貨だ。
じゃらじゃらと音を立てていると、列が崩れて私に群がってきた。
「き、君! その魚をどこで獲った!?」
「穴場があるんだろう!」
「俺達とパーティを組もう!」
大勢の人達が圧と熱気を放って押し寄せてくる。
まさかこんなことになるとは思わず、あれもこれも答えられるわけがない。
これはだいぶ面倒な展開だよ。
人と関わりたくないわけじゃないけど、ここで私の自由のペースを乱されるのは困る。
特に私は冒険者になるつもりはない。
どう切り抜けるか? こうする。
「そんなに危険な海域だったんですか!? 運がよかったんだなぁ」
「えぇ? まさかグランシャークやサハギンに襲われなかったのか?」
「知ってたらそんなところ通りませんよ! あー怖い!」
「だ、だよな。特にサハギンなんて、山ほど船を襲ってるからなぁ」
どうさ! 私の演技力も捨てたものじゃない!
皆、ざわついて信じかけているよ。
この隙に私はお金を持って漁業ギルドを出た。
いや、しかしそんな危険な海域だったとは。
船旅をするなら、そういう情報も少しずつ仕入れないとね。
これから漁で稼ぐなら、もっと無難な魚にしておこう。
別に目立ちたくないわけじゃないわけじゃないけど、今は静かにさせてほしい。
冒険者になる選択肢もあるにはあるけど、もっと調べてからにしよう。
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