第6話 朝食の流儀

 いよいよ目的地のグランシア大陸まで残り一日になった。

 昨日まで意気揚々と船旅を楽しんでいたけど、突然の悪天候で嵐がきてしまう。

 大波で船が転覆する勢いだけど、なんと常に水平に保ったまま進んでくれた。

 この船で船酔いが一切起こらないのは、そういうことなのかと納得できる。


 ただし波は容赦なく甲板に被るから、人が流されないように注意しないといけない。

 だから嵐が来た時はおとなしく船の中で待機するのが正解だ。

 波によって海中に入っても、まるで潜水艦のように黙々と進み続けるこの船がたくましい。


 さすが神の船だ。

 とはいえ、嵐自体は心地のいいものじゃないからもちろん歓迎はできない。

 いくら船が問題ないといっても、乗ってる人間は別だ。

 いくらフィジカルモンスターとはいえ、嵐で大荒れの海に投げ出されて生きていられる自信はない。


 今日はウソみたいに快晴だから、朝食は外で食べることにした。

 メニューはなんとTKG、そう。卵かけご飯だ。

 これと釣った鮭を解体して切り身にして焼いたものをおかずで食べる。

 味噌汁の具は海らしくワカメにした。


 卵かけご飯を食べる際の流儀は色々とあると思うけど、私はご飯の上に卵を乗せてから醤油を垂らす。

 それから一気にかき混ぜてから食べるのが一番おいしい。

 鮭の程よい塩気がいいアクセントになるし、熱々の味噌汁をフーフーしながらすするのもたまらない。

 ワカメを箸でつまんで食べると、柔らかくてくにゅっとした食感を熱さが包んでいて舌によく染みるようだった。


 個人的に味噌汁は舌を火傷するくらい熱いほうが好きだ。

 そして冷めないうちにちょうどいいタイミングで飲み切る。

 そうすることで、より味噌汁を飲んだ後の余韻が残ってくれた。


 鮭は骨が張り付いているほうの身に油が集中していておいしい。

 丁寧に身をつまんで味わい、最後には皮をいただく。

 パリッとした食感と油っぽさが入り混じった味わい、これだよ。

 鮭の本体は間違いなく皮だ。異論は認めない。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせて食の終わりに感謝を示す。

 食器を洗ってから準備運動をして、今日は何をするか考えた。

 たまには海に潜ってみたいけど、あと少しで目的地に着くのに船を止めるのはもったいない。


 そうなると釣りか、自主トレーニングか。

 どちらか悩んでいると、海面がバシャバシャと音を立てていた。

 大きい魚でもいるのかな?


 見るとそれが一つや二つじゃない。

 船の周囲の至る所の海面がバシャバシャと音を立てて、何かが出てきた。

 それは魚じゃなくて人の頭だ。丸い目、たらこ唇、頭の左右にヒレ。

 頭髪はなくて緑の鱗で覆われていて、一見してマヌケそうな顔をしていた。


(あ、やる気だな)


 殺気を感じた時にはそいつが海面から跳ねた。

 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。それらが甲板に飛び乗ってくる。

 全身が鱗に覆われていて、手や足の指は水かき状。


 これはいわゆる半魚人、もしくはサハギンというやつかな。

 グランシア大陸到着目前で、すごいものに遭遇してしまった。


「ギーーー!」

「ギッギッギィ!」

「ギギギー!」


 なんか言ってるな。

 やたらと楽しそうにはしゃいでいるし、たぶん私を舐めているんだろう。

 いいよ、かかってきなさい。私は素人ながら構えをとった。


「ギギーーッ!」


 サハギン達が軽やかな身のこなしで私に飛びかかった。

 私はしゃがんで半魚人を回避、そのまま垂直蹴りでサハギンを蹴り飛ばした。

 続いて向かってきた半魚人にかかと落としをくらわせて気絶させる。


「ギッ!?」

「ギッ! ギッ!」


 あっという間に仲間が倒されたものだから動揺している。

 格闘技の経験なんてないけど、こんなものでいいのかな?

 格闘技なんてテレビで少し見た程度だから、たぶん動きは素人同然だと思う。


 残ったサハギン達がたじろぎながらも、まだ戦意を失っていない。

 一、二とリズムを刻むようにして甲板を蹴ってフェイントをかけてきた。

 少しは考えるだけの知能があるのが驚く。

 思ったより知能は高そう。


「ちぇぇいッ!」

「グギエェッ!」


 突っ込んできたサハギンの腹に正確に蹴りを入れた。

 甲板の外まで吹っ飛ばされたサハギンが海に落ちる。

 更に残ったサハギン達に向かっていって、二匹まとめて回し蹴りをくらわして吹っ飛ばす。

 最後の一匹に容赦なく拳を顔面に当てると、そのまま倒れてピクピクと痙攣し始めた。


「勝手に上がり込んできたんだから痛い目くらい見て当然だよね」


 最後に殴ったサハギンがよろけながら立ち上がろうとした。

 だけど力が入らずにぺたんと甲板に座り込んでしまう。

 私が見下ろすと、ぎょっとしたように見上げた。


「どうするの? 帰る?」

「ギッ! ギーギーギー!」

「頭を押さえてるってことは降参?」

「ギッ!」


 震えているし、見逃してくれってことかな。

 命を狙っておいて都合がいい話だとは思うけど、異世界に来て間もない身だ。

 この子達も何か理由があって私を襲ったのかもしれない。


 海面を見るとさっき蹴り飛ばしたサハギン達が頭だけ出して見ていた。

 あっちも戦意はないみたいだ。


「もう私を襲わない?」

「ギッ! ギッ!」

「本当に? ウソだったら?」

「ギィ! ギィ!」


 拳を鳴らして脅してみると理解できたみたいだ。

 サハギンはまた頭を押さえて降参の意思を示している。

 海にいるサハギン達を見ると、一斉に頭を左右に振った。

 意外とかしこいのでは?


「じゃあこれから私はグランシア大陸にいくから邪魔しないでね」

「ギギンギギ?」

「今グランシアっつった?」

「ギッ!」


 サハギンが船首から海に飛び込んだ。

 船の先頭を泳ぎ始めてからちらりと見る。


「ギーーッ!」

「もしかして案内してくれるの?」

「ギギンギギ!」

「今グランシアっつった?」


 サハギン達が先頭を泳ぎ始めたし、船の進行方向と一致している。

 これは善意でやってくれていると解釈していいのかな?

 それとも得体の知れない怪物を信用しすぎ?


 どっちにしてもまた襲ってきたら返り討ちにするだけだ。

 本当は必要ないけど今日は甘えてみよう。

 別に私だって戦いたいわけじゃないからね。

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