第4話 異世界生活における備え(物理)

 何よりひとまず風呂に入ることにした。

 さっそくお湯張りボタンを押すとものすごい勢いで浴槽にお湯が溜まった。

 その間、わずか数秒。クッソ速い。

 

 手を入れて温度を確認すると大体40℃前後ってところかな。

 私としてはもう少し熱い湯が好きだから、お湯焚きボタンで42℃に調整。

 脱いだ服や下着を洗濯機に入れて回してから、湯船に入った。


 他に誰も入らないし、お湯を節約する必要もないからシャワーを浴びずに入る。

 これだよ、これ。

 自分より先にお風呂に入ると烈火のごとく怒り出す妹なんていない。


「かぁぁ~~~~~! しぃびれるぅ~~~~!」


 アホみたいなことを大声で叫んでも誰にも迷惑がかからない。

 はぁ、極楽。今までの疲労がすべて剥がれ落ちていくかのような気持ちよさだ。

 こうしているとここが船の中ということすら忘れてしまう。


 この船、今もオートで動いている。

 船内だというのに揺れを一切感じないのはさすがだ。

 この船なら船酔いにもならなさそう。


 到着予定日数まで表示されていて、確か一週間程度だったかな。

 向かっているのはグランシア大陸、地図を見る限り世界で二番目に大きい。

 到着予定の港町はローグリード王国領内とのことだけど、さすがに詳細まではわからなかった。

 大陸の中でもそこそこの領土を持つ国だから、まぁ栄えてはいると思う。

 

 湯船から上がって頭や体を洗い終わってからまた浸かる。

 出た後は仕上げに冷水を浴びる、これが入浴の締めだ。

 夏場の風呂上がり後の感触が最悪で、どうにかならないかと考えてこの方法に行きついた。


 最初は冷たくてバカじゃないのと自分でやりながら思ったけど、少しずつ慣れてみればなかなか気持ちいい。

 体中がスッキリした感覚になって、夏場の風呂上がり後は汗をかくことがなかった。

 体の調子がいいし、今では冬だろうとこれは欠かせない。


 風呂から上がって体を拭いて頭を乾かした後は洗濯機から服と下着を取り出す。

 きちんと洗濯されているだけじゃなく、しっかり乾いていた。

 ゴムで髪をまとめてポニーテールにして、一人で気合いをいれてポーズをとる。


 さっぱりしたところでお腹が空いたな。

 食糧庫にいって何を食べようか、考えた。

 色々と作れるものはあるけどまずはこれでしょ。


 お米を取り出してから、キッチンに持っていって研ぐ。

 炊飯器に入れて炊きあがるのを待った。

 異世界生活二回目に摂取する食事は普通のご飯だ。


 世界が変わっても米が食べられるのはありがたい。

 米は主菜の相方だ。主菜を味わった後、米を食べることで主菜の尾を引くようなおいしさを感じる。

 だけど今は米だけだ。たまに無性に米だけを食べたくなる時があるのは誰でもあると思う。


「炊き上がった! わぉ、ふっくらつやつや!」


 さっそく器によそって口の中にかきこむ。

 ほんのりとした甘みと米特有の風味、温かさが重なって箸が進む。


「ん~~~~! おいしっ!」


 つい四杯ほど食べちゃった後、残りは夜にしようと思いとどまった。

 腹ごなしに甲板で運動をすることにした。

 来るべき戦いがあるとしたら、私も鍛えておかないといけない。

 体が強くても戦いの素人ならどうしようもないからね。


 それからは一人でパンチや蹴りを繰り出して、存在しない仮想敵を想定する。

 といっても私が思いつく相手なんて柔道部の部長くらいだ。

 部長が掴みかかってきたところを蹴りで顎を粉砕。

 あらゆる攻撃を想定して動いてみたけど、柔道の選手相手にパンチだの蹴りで戦うのはなんか違う気がした。


 部長が弱いとかそういう話じゃなくて、私が想定しなきゃいけないのは魔物だ。

 でも召還された歴代の勇者達だって私と同じく魔物との戦闘経験なんてないはず。

 それなのに勇者と呼ばれるほど活躍までするんだから、やっぱり持っているいうやつかな。


 自主トレーニングをやめるわけにもいかず、汗まみれになるまで動いた。

 これ風呂に入る前にやるやつだと気づいたところで後の祭りだ。

 本日二回目のお風呂と洗濯を済ませてから、甲板の上で仮眠をとることにした。


 海の風が気持ちよくて、波の音がより眠気を誘う。

 小一時間ほど寝てから大きく伸びをして、海を眺める。

 ふと【水中呼吸】と【水圧完全耐性】を試してみたくなった。


 この二つがあれば水中で事故を起こす確率は大幅に減る。

 肝心の泳ぎは水泳の授業で問題ない。

 ただし波や海流がある海となるとどうだろう?

 ただ泳ぐだけじゃなく、潜って泳ぐのは?


 やってみたい。

 裸で泳ぐわけにもいかないから、水着の問題が出てくる。

 ところが船内を探してみると、なぜか水着が備えられていた。

 なんでこんなものがあるんだろう?

 あの猫神様が?


「ちょっと肌面積が広くない?」


 エッチとまではいかないけど、欲を言えばもう少しそこは控えてほしかった。

 仕方なく水着を着て準備運動をしてから、船をひとまず止める。

 甲板から海に飛び込んだ。


 ドボンと水中に沈んだところで私は手足を動かした。

 思うがままに泳ぎ始めると、意外とすいすい進める。

 一回転や半回転、頭の中で思い描いた動きが次々と実現できた。


(やだ! 泳ぐの楽しい!)


 シンクロナイズドスイミングの真似事をしてみたり、泳いでいる魚の群れについていった。

 太陽の光が届く海中の光景は幻想的で、他にも見たこともない魚が泳いでいる。

 光に照らされるたびに色が変わる魚の群れがすごく綺麗だ。

 思わず見とれていると、大きい何かが悠々と泳いでくる。


(サメ? 目が四つあるし、どう見ても魔物……)


 逃げようと思った時には遅い。

 水の抵抗とかなんのそのといった速度で、私に向かってきた。

 鋭い殺意ごと真っ直ぐ向かってきて、全身の内側から何かがこみあげてくる。

 命の危機のはずなのに、この舞い上がるような感覚はやっぱりワクワク感というやつだ。

 そう認識した瞬間、四ツ目のサメの動きがとてつもなくスローに見えた。


「ぶぁぶぁっでふぉーいっ!(かかってこーい!)」


 スピアフィッシュの突進を軽やかな泳ぎでかわした後、拳を握りしめる。

 水の抵抗を気にすることなく渾身の一撃をサメの横っ腹にぶち当てた。

 ズドンという音が水中で鈍く響いて、サメが腹を見せたまま海面に浮いていく。

 

(私、ちゅよい……)


 小学生の時以来、初めて生物を殴ったけどこれは恐ろしい。

 しかも水中でこの威力か。

 元の世界でよく事件を起こさずに過ごせたな、私。


 その後、泳いで海面から顔を出すと船が遠くに見えた。

 思ったよりだいぶ遠くまできちゃったんだな。

 このまま流されるわけにもいかないから、全速力クロールで船に戻った。

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