第3話 スキルと万能船
猫神様の話によると、召喚した人間にはいわゆるスキルを授けるらしい。
仮に私が勇者だとしても、元は平和ボケした世界の人間。
この世界にはヒグマ以上にやばい生物がいるため、それらに対抗する力は必須だ。
とはいえ、私は勇者じゃないから元々そこまで大それた力はいらない。
「まぁ力といっても君に授けられる力はあまりないにゃん」
「どういうこと?」
「わかりやすく言うと、君は身体能力がずば抜けているにゃん。元の世界でも思い当たることはなかったにゃん?」
「ありすぎる。子どもの頃から自分は普通じゃないと思ってた」
「おそらくそのままでも魔物と戦えるにゃん。どんな武器を持つよりもその体が一番強いにゃん」
「そこまで?」
まぁ確かに蹴り一つで木をへし折るなんて普通の人間にはできない。
子どもの頃、いじめをやっていた男の子をぶっ飛ばしてから暴力を自粛していた。
男の子は瀕死の重体で担ぎ込まれるわ、いじめられていた子ですら怯えるわ、両親からは激怒されるわ散々だった。
体育の成績は常にトップで、色々な運動部からの勧誘が絶えなかったな。
特に授業でやった柔道で立て続けに一本決めしたせいで、柔道部からお誘いされた。
あまりにしつこいから一度だけ体験入部した際に部長を投げ飛ばしてしまったっけ。
高校生にして78kg超級の人だったものだから、校内で話題になって困ったな。
そりゃ私だって運動は好きだし、部活くらいやってみたかった。
だけど両親が運動部への入部を許してくれないからしょうがない。
女の子がやるものじゃないとか、怪我をしたらどうするのとかうるさいんだから。
「まぁ言うなればフィジカルモンスターってところだにゃん。今までの勇者でもそこまでの人間はいなかったにゃん」
「モンスターかぁ。そう言われたほうがしっくりくるかな。妹と違って私は風邪一つひいたことないからね」
「その体ならウイルスや病とは無縁だにゃん。つまり君に何を授けるかとなると……あまり大きな力は無理だにゃん」
「無理にとは言わないよ。世界の均衡が崩れて概念が変わっちゃうかもしれないんでしょ?」
猫神様は考え込んだ後、片手をくいっと上げた。
空中に文字が出現して、それがスキル名だとわかる。
【鑑定】【水中呼吸】【水圧完全耐性】【料理】【言語】【解体】
「これが君にあげられるスキルだにゃん」
「いや、十分じゃ?」
鑑定はあらゆるものの詳細、例えば概要や良い悪いを含めた効果などがわかる。
これは地味にありがたい。いくら私の体がすごいといっても、毒に耐えられるかどうかは怪しいからね。
水中呼吸と水圧完全耐性。この二つが役立つ環境は限定されているけど、海越えを検討していた私にとってはありがたい。
料理は食材さえあれば、すべての料理を作れるようになる。
実はこの中で一番ありがたいかもしれない。すべての料理ができるということは楽しみの幅が無限大ということ。
これから異世界を楽しむ私にとっては願ってもないスキルだよ。
言語はこっちの世界の言葉を自動的に話したり聞けるスキルだ。
読み書きもできるみたいで、これは地味というかかなり助かる。
言葉が通じないのは勘弁だからね。
最後に解体だ。魔物を必要部位ごとに解体できるようになれば、需要がある部位を売ることができる。
しかも寄生虫なんかの有害なものも取り除ける。
「本当はこれでもギリギリにゃん。特に水中呼吸と水圧完全耐性によって最強のモンスターが誕生したかもしれないにゃん」
「そんなに! 勇者はもっといいスキルをもらってるの?」
「その人間によりけりで、例えば【全魔法】や【全剣技】なんてのがベターにゃん」
「すごいなぁ……」
全魔法や全剣技以上の私の体って何なのさ。
確かに魔王なんてものを討伐するとしたら、そのくらい必要かもしれないけどさ。
じゃあ、私に魔王を討伐できる力があるってこと?
あったとしても絶対にやらないけどね。
この自由は私のものだ。使命なんてものはない!
「それと君にそこにある船をあげるにゃん。ここは何もない無人島だから、脱出して好きな場所にいけるにゃん」
「あれも? いいの?」
「あれも含めてギリギリにゃん……」
「あ、そうか」
そういうことならありがたく貰っておこう。
いくら水中呼吸と水圧完全耐性があったとしても、それだけで海を渡るのはたぶん無理だ。
いざとなったらイカダでも作ろうかとか考えていただけに、まさに助け船だよ。
さっそく船に乗り込むと、甲板だけでもなかなか広い。
意外にも帆船じゃなくて、現代にあるようなエンジンで動く船に近いフォルムをしている。
猫神様によるとこの船は一切のエネルギーを必要とせず、どこまでも動かせるらしい。
船長室に当たる部屋には甲板の中心にあって、ドアを開けるとそこにはハンドルの類がない。
船に取り付けられているのは世界地図が表示されたディスプレイがある。
様々な国の名前が書かれていて、ワンタッチすると拡大されて更に町の名前なんかが表示された。
町の名前をタッチすると、最寄りの海岸まで船が勝手に動く。
要するにオート操縦だから私は何もしなくていい。
極めつけにこの船は絶対に沈んだり転覆することがないという。すごすぎる。
「海にも当然魔物はいるにゃん。だけどこの船が破壊されることはないから安心してほしいにゃん」
「じゃあ、私の身を守ることだけを考えればいいわけだね」
「そうにゃん。中を案内するにゃん」
操縦室といっていいかわからない部屋を抜けると、そこには一通りの生活スペースがあった。
キッチンやお風呂、トイレ、洗濯機。驚いたことに洗剤やペーパーが無限にストックされて尽きることがない。
アメニティグッズも同じだ。ボディソープやシャンプー、リンスなど欲しいものは大体揃っている。
水はどこから来てどこに流れているのかと聞くと――
「神の力にゃん」
これ以上は聞かないほうがいい気がした。
たぶん私の頭じゃ理解できない神の力でどうにかなっているんだろう。
神様の力ってすげー、てね。
生活フロアの先には寝室がいくつかあって、ふかふかのベッドに思わず横になる。
このまま眠ってしまいたくなるくらい気持ちいい。
もう硬い地面の上で寝る必要がないんだなぁ。
生活フロアを抜けるとそこは食糧庫だ。
塩、醤油、胡椒、マヨネーズ、オリーブオイル。無数の調味料の他には米などの食材もある。
これらは使ってもなくならないらしく、この船にいれば食に困ることがない。
どういう仕組みか質問しようと思ったけどやめた。これは神の力だ。
ここには熟成ボックスというアイテムがあった。
食材を食べ頃の状態にまで熟成させるという優れもので、魚の調理に役立つ。
「まさに神の船だね。これだけあればこの島から出られるよ」
「迷惑をかけたにゃん。君ならこれだけあれば生きるのに困らないはずにゃん」
「うん。ここまで世話になったんだから、自力で楽しむよ」
「じゃあ、僕はまだ仕事があるからここでお別れにゃん」
甲板に出た後、猫神様が船から飛び降りた。
と思ったら、亜空間みたいなものにすぅっと吸い込まれていく。
神の世界みたいなところに帰ったのかな?
思い返して見ると謎だらけだけど、私なんかが踏み入っていい領域じゃないんだろうな。
これだけ与えられたんだから後は全力で楽しむだけだ。
テンションが上がって素人シャドーボクシングをしてみた。
型もめちゃくちゃだろうけど、自分なりに少しずつトレーニングをしてみたほうがよさそうだ。
魔物なんてものと遭遇したら大変だからね。
「いよっしゃあぁーーー! いよいよ新天地を目指して出発!」
操縦室に戻って、ディスプレイを眺める。
ひとまず最寄りの大陸にある海岸沿いの町の場所をタッチした。
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