第3話 すけっちの力

//SE なにかが素早く横切り、切り裂くような音


「キャア!」


■主人公の首にしがみつく少女。音声左から。 

 

「ええい、忌々しい。狐じゃ。ひゃん! 怖い! たす、たすけろ!」(泣き声)


//SE 再び空気を切り裂くような音


「きゃん! やめっ! ひゃあん! うう。たかが狐のくせに。妾を弄して遊んでおる。憎らしい、いけずな奴らよ」


//SE 草の音がガサガサ、四方から不気味に響く


■正面近距離

  

「奴らが来る。群れで来る。妾の祠を奪おうとしているのじゃ。妾を食おうとしているのだ。嫌いじゃ、あんな奴ら」(涙声)


「ん? お前の手に持っているものは、なんだ?」


「すけっちぶっくと、鉛筆? それで何をしようと言うのだ?」


//SE 紙にペンを走らせる軽快な音


「な、何をのんきに絵など書いておる!

 可愛い狐だから、すけっちを? すけっちとやらをしている場合ではないだろう。こやつらは妾を狙って……え?」


//SE 紙にペンを走らせる音がどんどんと早くなる。紙がめくれる音。

  ひゅん、という音。


「狐が、紙に吸い込まれていく……? お前、なにをしたのだ? すけっちをしただけ? すけっちというのは妖術の類か? 違う? 絵を描いただけと? それでなぜ……」


//SE 紙のパラパラ音がおさまる。ひゅん、と最後の一匹が吸い込まれる音。


「最後の一匹まで、紙の中に収まってしまったな」(感心した声)


「お前、妖術使いだったのか? え? 違う? 『蘇生した時に手と足が逆についてたから、なんかバグったんじゃないすか』だと? そ、そんなこと、無い! 多分! でも、もし妾の付け間違いのせいで、ばぐ? とかいうものが起こったのだとしたら、へへ、ははは……」(気まずげに笑ってごまかす)


「あ、ちょっと! 怖い顔をするでない! 泣くぞ! 幼子おさなごの姿で泣いてやるぞ! ふえ、ふえーん」(嘘泣きをする)


「うそうそ、泣いてない! 泣いてないから興奮して息を荒くするでない! 幼女が泣いていてその反応なのは怖いぞ! お前、結構危ないやつではないか? 人の子ってそんな感じじゃったか? それも『ばぐ』なのか?」


「あ、ばぐじゃない。いつもどおり……ハイ。そうじゃの、そんな気はしておったぞ。いや、呆れてはいない。……ちょっと離れるか」


 ■遠ざかる少女の声

 ■主人公がまた近づく


「いやいやいや、近いじゃろ! 確かにお前を待っていたとは言ったが、適切な距離をとるのが良いのではないか? 

 祠と祠を詣でる人の距離でいよう。な! そうするのがいい!

 え? はじめに耳に息をかけたり舐めたりしたのは妾だと? うーん、それもそうじゃが……あれはちょっと、調子に乗っておったというか……スミマセンデシタ」(しどろもどろ、声が小さくなっていく)


「わ、わかった! わかったから尻尾のもふもふは止めてくれ! 力が入らなくなるんじゃ、んんぅ!」


「妾に慰めて欲しいと? すけっちが趣味なのにこれでは気軽にすけっちが出来なくなって、困ったと? それは、そのう、悪かった……ぞ?」


「でも慰めるなんて、何をしたらいいやら分からぬ。人の子は何を喜ぶのじゃ?」


「え? 耳かきをして欲しい? 耳かきとはなんじゃ?」


「ふむふむ。つまりお前の耳を掘ってやればいいのだな。それをすると何が起こるのじゃ?」


「ただ嬉しいだけ、とな。なんじゃそれ。耳を掘るだけでなにが嬉しいものか。

 妾の力を持ってすれば、もっと大きな願いも叶えられ……! 無いんじゃった……。もう妾に力は残っておらぬのじゃ」(沈んだ声)


「その耳かきとやらは……力を使わぬのか?」


「すごい勢いで頷くのう。息も荒いし、どちらが犬か分からぬぞ。いや、妾は犬ではないがな! って、わふん! 尻尾の付け根を撫でるでない! 撫で……きゃふん!」


 //SE ゲシっと蹴る音


「はあ、はあ。油断も隙も無いやつじゃ。『ヨーシヨシヨシヨシ!』とか甲高い声を出すのはやめろ! 気持ち悪いわん!」


「違う! 今のは撫でてほしくて言ったわけじゃな、わぅん!」


 //SE ゲシゲシ蹴る音


「はあ、はあ、止めろと言うておろうが! 分かった分かった。妾の蘇生術のせいで、すけっちが出来なくなったお前の怒りはようく分かった。耳かきというやつをやってやろう。まずどうするのじゃ? 道具は?」


「……不思議なんじゃが、なぜ山登りに耳かきの道具を持っておるのじゃ?」


「あ、耳が痒くなると耐えられないから。そうか。お前が耳かき大好きなのは良く分かった。ふむ。これは先が曲がっておるな。この匙のようなところで、カリカリッと掻いて、掘って、気持ちよくしてやればよいのだな」


「想像するとなかなか気持ち良さそうであるな。……っむふん! 妾の耳を、さわ、る、で、ない! し、湿ってて悪かったの! 狼族の耳は湿っていて当たり前なのだ! あふぅ! 耳を、もにもに、するでない……!」


「耳が弱いのは妾の方だと!? ち、ちがう! 耳のもにもによりも、耳の後ろを掻いてもらったほうが妾としては……ふぅ〜ん、んぅ、そこそこ。そこをもっと擦って欲しいのだ……じゃなくて!」


「くっ、下僕のくせに妾に好き勝手してくれたな! 今度は妾がお前を、耳かきとやらで極楽に連れて行ってやるからな! 覚悟すると良い!」

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