番外編①

 ぐったりといつのまにか眠ってしまった陽翔に変わり頭を下げた結菜は、少し困った微笑みを浮かべて唯斗に視線を向ける。

 唯斗はゆっくりと結菜の前に立ち、色白の手を結菜に伸ばした。次の瞬間、結菜の頭はわしわしとかき回された。


「自炊、ちゃんとできててえらいぞ。小鳥遊先生名義でこれからは俺が食材を届けるから、ちゃんとそれを使って栄養バランスに気をつけた料理を作るように」

「はい」


 惨状と化しているキッチンを見て褒めたであろう唯斗に、結菜は苦笑する。


「携帯をすぐに捨てたのは正解だった。親父は携帯の追跡アプリでお前を探そうとして失敗していたからな」

「そうですか」


 陽翔の的確な指示に救われた事を実感する。


「あと、逃げるのに電車を使い、普段と違う服装をしていたのも正解だ。お前はいつも制服しか身につけていなかったから、周囲の人間はお前がどんな服を着ているか予想することすらできていなかった」

「そうですか」


 何も考えていなかったとは言い辛くて、結菜は曖昧に微笑んだ。


「ただ、風呂に浸かっていないのはいただけないな。俺が見ておくし、体調が悪くなったらすぐに心電図のアラームが鳴るから、さっさと風呂に入ってこい。病人のそばでは常に清潔でいるように」

「………はい」


 ぐうの音も出ない正論を叩きつけられた結菜は、陽翔の手をぎゅっと握りしめて彼の拳を自らの額にくっつけた。


「風呂場にお前が使っていたシャンプー諸々を置いといたから、使うといい。下着類や服はちゃんと小鳥遊先生の奥さまにお願いして用意してもらったからな」


 俺は変態じゃないぞと言いたげな声に、言葉に、結菜は苦笑して優しく彼の手をベッドに戻した。


「お風呂、行ってきます」


 陽翔を起こさないようにそっと部屋を出た結菜は、彼の部屋を出てすぐ、扉の前で膝から崩れ落ちた。


(よかっ、た………。よかったです………………)


 目からぽろぽろと溢れでる涙を拭う事なくひとしきりわんわん泣いた結菜は、しばらくしてお風呂に入り、お風呂上がりに新しい服を着ようとして目を見開くことになった。


「………小鳥遊先生の奥さまは情熱的なお方なようですね」


 唯斗が自分ではないと強調した理由を察した結菜は、真っ赤な肌触りの良いランジェリーに苦笑をこぼしたのだった。

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