番外編①

「んなわけないだろ」

「!? に、兄さん!?」


 唐突に背後から声が聞こえた結菜は、ものすごくびっくりしながら1週間ぶりに顔を合わせた兄唯斗の姿に狼狽えた。


(い、今更どうやって顔を合わせれば………、)


 結菜はずっと兄が自分を疎んでいるのだと信じて疑わず、あまつさえ心の中で何度も軽蔑を重ねてきた。家族の前では微笑み以外の表情を一切見せなかったとはいえ、何度も不愉快な思いをさせてきたはずだ。


(ん………?んん………!?)

「な、何で兄さんがここにいらっしゃるのですかっ!?」


 普段は絶対に大声を上げない結菜だが、今この瞬間ばかりはポカンとした間抜け面で焦った声を上げるほかない。


「何でだと思う?結菜」


 唯斗の穏やかな表情に、声音に、昔のまだ優しかった頃の、結菜を表裏全てから守ろうと奮闘していた頃の、大好きで大事な唯斗の姿と重なる。

 じわじわと苦手な遊び人の唯斗の像がとろけだして、2つの輪郭が混じり合い、何故か結菜の肩の力がふっと抜けた。


「………このお家はばあやとわたししか知らないはずです。でも、ばあやが兄さんの本当のお姿に気がついていたのならば、おそらくばあやはわたしに関する全てを亡くなる前に兄さんに託していたはずです」

「あぁ。そうだ。この別荘は俺の所有物ということにしている。病院長の金を荒く使うドラ息子の負の遺産の1つとしてな」


 ふっと嘲笑するように笑った唯斗は、壁を撫でながら言葉を紡ぐ。


「お前と俺の最愛を奪う盗人陽翔が仲良しだったのを思い出した時、いずれこうなるんじゃないかと思って、別荘を俺の名義に変えておくようにばあやに命じて、シックハウスに作り替えておいた。随分と昔からの俺の所有物となっているものならば、アレも手は出すまい。何と言っても、俺とお前は顔を合わせば笑顔で睨み合う犬猿の兄妹。俺がお前に手を貸しことも、お前が俺に力を借りることも、側から見れば絶対にあり得ないのだから」


 唯斗の言葉にこくりと唾を飲み込んだ結菜は、改めて部屋を見直してみる。

 壁は特別な塗りがされているし、換気扇も多め。湿度や温度を保つ空調もそれなりに良いものが取り付けられている気がする。


(兄さんはどこまで先のことが………、)

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