番外編①
この世の何よりも幸せそうに、桜の花弁が舞い落ちるように淡く儚く美しく微笑んだ結菜は、けれど、誰よりも諦められないと言わんばかりに彼の額に自らのそれをくっつける。
「あなたが居ない未来なんて、世界なんて、………死んでいるも同然です」
結菜は知っている。
人の温かさのないモノクロの世界を。
「多くの人は、わたしの選択を愚かなものであると罵るでしょう。非難するでしょう。………軽蔑するでしょう。何故お家を継がないのかと、苦労する道を選ぶのかと責め立てるでしょう」
陽翔が申し訳なさそうに瞳を閉ざす。
「でも、それで良いのです。今現在、わたしはわたしの欲望に従って生きています。全てが自己責任となる現状は、世間知らずのわたしにとっては、とってもとっても厳しいもの。恋は人を愚かにするのです。愚かにならない恋なんてない」
にっこりと笑った結菜は彼の肩に自らの顔を埋め、自らの全てを殺して生きてきた10年を想う。
「わたしはずっとずっと苦しかった。生きている意味が分からなくて、悲しくて、さびしくて、病院長の命令が絶対の世界で、冷たい視線やわたしを特別な人間として見る視線のみに晒される世界で、ただただ人形であるように自分に言い聞かせて生きてきました。息をしている心地すらしなかった。いっそのこと家名に泥を塗ることがないのであれば、死んだ方がマシだと想うことも何度もありました」
結菜はお風呂でカミソリを片手に立ち尽くした日々を思い出し、そうっと彼の手に自らのそれを乗せて優しく繋ぐ。
「………でも、あなたと“恋人”になってからは、明日が楽しみになったのです。何度も何度も明日なんて永遠に来なければいいと願っていたわたしが、明日を願ったのです」
彼が嗚咽をこぼしているのが聞こえる。
繋いでいない方の力の入っていない手で頭を押さえられた結菜は、彼の胸を優しく撫でながら、微笑を浮かべた。
「………わたしにとって、恋は、あなたは、最大で最高の“お薬”なのです」
結菜の言葉に、彼はこくりと唾を飲み込む。
「わたしはあなたがいなかったら死んでしまます。どうかわたしを、殺さないで………、」
耳元で囁いた結菜の懇願を彼はどう思ったのだろうか。
何も答えてくれない陽翔に、結菜はどこまでも弱々しい声で呟く。
「あなたのご病気も、恋のお薬で治ったらいいのに………、」
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