第75話


 結菜の言葉の響きは、明らかに今までのものとは異なっていた。わずかに舌ったらずで、初めて彼のニックネームを読んだときのような呆然とした声。そして、そんな結菜の脳裏を駆け回るのは、ずっと靄と逆光によって隠れていたミルクティーブラウンの髪の少年の顔。薄青の大きな瞳に、まっすぐなお鼻を持つ可愛らしい男の子の顔。思い出した瞬間からは、結菜の中で繋がっていくにはとても早かった。


「………どうして、突然いなくなってしまったのですか?」


 責め立てるような声が出てしまった結菜は、一瞬で自分の口を塞いだ。これ以上は彼を傷つけることになると直感で悟っていた。


「大丈夫だ」

「っ、」

「俺はそのくらいじゃ傷つかない」


 彼の言葉を聞いたとしても、結菜の心が休まることなんてない。そのはずなのに、彼の微笑みに、仕草に、絆されている自分がいる。結菜はその現実に驚くと共に、何故か安堵した。


「お前と出会って仲良くなって、俺の意識は変化した。生きたいと願うようになった。だから、アメリカで治療を受けることにしたんだ。そして、俺は僅かながら健康を手に入れた。中学3年間を元気に生きることができる体力を手に入れた。………6年近く必死になって治療を受けてこれだけだったんだから、色々笑えるよな」


 彼の自嘲的な笑みに、結菜はぎゅっと息を飲み込む。


「今は、………今はどうなの?」

「………俺さ、お前と付き合い始めた前日にも倒れてるんだ。その時、………“余命1週間”だって言われた」

「っ、」

「だからさ、なんだかんだ言って、………俺嬉しかったんだよな。小さい頃から大好きだったお前と人生の最後を一緒に過ごせて」

「………もぅ、………………もう、全く治る兆しはないのですか?」

「さあ、どうなんだろうなぁ。お袋が死んじまってからはまともな検査あんまり受けてなかったからさ」

「ぁかるて、カルテは見られますか?」

「もう遅いよ」


 結菜の涙に濡れて震える言葉に、陽飛は苦笑する。


「もう遅いんだ。たとえ治る兆しがあるとして、どう海外に飛ぶんだ?お金は?暮らす場所は?」

「そ、れは………、あなたがお世話になっていた主治医にご連絡して、」

「それで?アメリカで病院にかかるのにどのくらいのお金が必要になるか、ゆなは知ってるのか?………俺の病気の治療をしようと思ったら、多分一生遊んで暮らせるぞ?」


 彼は穏やかな表情で結菜の心に刻みつけるように言葉を発する。


「もう、手遅れなんだよ」

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