第73話
病院内に再び戻った結菜は、彼が入院している病室へと駆ける。この病院内の看護師さんの巡回経路を熟知している結菜にとって、誰の目にも止まることなく決まった病室に向かうのはとても簡単なこと。はずむ息に、強張る足に、結菜は緊張でぐっしょりと濡れた拳を握り込む。
ーーーこんこんこん、
ノックの音は思ったよりも響いた。
でも、ここでも既視感に襲われたことに、結菜は驚く。
『はーい!あ、ゆな!!また来てくれたの?あのねあのね、今日はトランプしようよ!僕、ババ抜きを覚えたんだ!!』
ミルクティーブラウンの髪の少年が、逆光に隠れて多分笑いかけた。
その既視感に、あまりにも滑稽だとしか言いようのない想像に、結菜は首を横に振る。
「はい」
病室の奥から響く彼の返事に、結菜は扉を横にスライドする。
先ほどの既視感なんて一瞬で忘れてしまうぐらいに、結菜は緊張していた。
ーーーがらがら、
扉を開けて部屋の奥に視線を向けると、そこには陽翔が上半身を斜めに起こして瞳を閉じていた。月光に照らされるミルクティーブラウンの髪がきらきらと吸い込んだ光を放っていて、なぜか彼がこの世に降り立った天女に見えた。
「はるくん」
結菜の怯えを含んだ声に、彼は長いまつ毛に縁取られた薄青の瞳をのぞかせて微笑む。
「………少し、昔話をしよう」
穏やかな微笑みは、幼い頃から見てきた死に向かう患者さんの諦めの表情。その微笑みをやめさせたいのに、あなたは死なないって断言したいのに、幼い頃から死というものに関わりながら生きてきた結菜は、こういう時相手が何を求めているのかをよ~く知っているから、だから、実際に行動に移せない。痛いのに、苦しいのに、悲しいのに、止められない。
「何が飲みたいですか?」
だから、結菜は少しでも彼が笑っていられるように、幸せに感じられるように、彼の望むものを用意する。
「ココア」
「はい」
「お前はキャラメルラテ?」
「はい」
「俺さ、ちっさい頃からここのココア飲んで育ったんだ。お袋かお前がきた時だけ飲める、特別な飲み物だった。味気ない病院食に舞い降りる天使みたいな感じだったんだよな」
彼の言葉に身体が震えるのを感じる。結菜はその得体の知れない震えから逃げ出すように駆け出して、自販機で2本の缶ジュースを購入した。
(既視感は、………………、いいえ。そう決めつけるのには材料が足りません。もう少し、踏み込まなければ………、)
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