第72話
結菜はカルテを詳しく読み込むために、1ページ目をめくる。幼い頃から病院が実家ということもあり、結菜は普通の人よりは医学に精通してる。簡単な内容であれば、カルテを読み解くことができるくらいには知識も理解力もある。
だから、結菜はカルテを読み始めて数ページ目で、カルテから手を離してしまった。カルテに書かれている内容は想像を絶するものだった。日々のページには、医師が苦渋を滲ませて書いたことが読み取れる苦悩に満ちた文字で高熱が下がらないこと、咳が止まらないこと、発作で心拍が止まること、意識障害や記憶障害などありとあらゆる症状が所狭しと、生まれてすぐからずっと幼い彼に襲ってかかっていたことが記されていた。
でも、本当にそれは序の口だ。
結菜が1番受け入れられなかったこと。それは、彼が本来ならば“もう死んでいる人間”であることだった。
「はるくんが………死んでるはず………………。そんなのあり得ません。だって彼はあんなに………!!」
走って飛んで、サッカー部のエースで………。けれど、結菜の頭の中に浮かぶのは彼とカレカノとして過ごしたたったの4日間の思い出。走ることも飛ぶこともしようとしないで、できるだけ穏やかに過ごしていた彼。手がびっくりするくらいに冷たくて、よく眠っていて、表情を取り繕うのがびっくりするぐらいに上手な彼。
「………隠してた、のですか?」
ーーー分からない、分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない!!
暗闇の中に灯りも持たずに放り出されたように、結菜の意識は錯乱する。何が正しい情報で何が間違った情報なのかも分からない。でも、この情報が確かならば、結菜には今絶対にしなくてはならないことがある。それは、1分1秒でも早く、彼の元に辿り着くこと。結菜は急いでカルテを元に戻し、彼のカルテだけを抱きしめて誰にも見つからないように自室へと戻る。自作パソコンを立ち上げ、目にも止まらぬ速さで病院のパソコンデータへと侵入した結菜は、難航しながらも彼の電子カルテのページに飛ぶことに成功した。
そこに書かれているデータに、一瞬息の仕方はもちろん瞬きの仕方さえも忘れてしまった結菜は、けれど大きく頭を振る。
「わたしは今を全力で生きるのです」
大きなボストンバッグに彼のカルテ、真っ白で大きなくまのぬいぐるみと数着の下着と服、そして小さなクマのぬいぐるみキーホルダーを持った結菜は、自室を飛び出す。いつもと違い真っ黒なワンピースにバレーシューズ、長い黒髪をサイドで三つ編みにした出立ちは、全てを捨てるという結菜の決意だった。
「わたしはもう、縛られない」
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