第61話


「これが気に入ったのか?」


 結菜の後ろに立っていた陽翔が、にゅっと顔を出して結菜の肩に顔を乗せた。


「はい。………これが気に入りました。クローバーは幸せを呼ぶと言いますから。それに、」


 ふっと目を閉じた結菜は、また白い世界の白昼夢にどぷっと沈む。


『グリーンダイヤモンドには「回復」や「安らぎ」っていう意味があるのよォ。「ずっと健康でいられますようにィ」っていう意味を込めてグリーンダイヤモンドを贈るのォ』

『じゃあ、他の石は?何か意味があるの?』

『そうねェ、他にはァーーー、』


 ブロンドの髪の女性が幼く無邪気だった頃の結菜の肩に手を置き、穏やかに特徴的な声をあげている。発音のおかしさこそが彼女らしいとその頃はいつも思っていた。


「グリーンダイヤモンドは『健康を願う』そうですから、なんとなく必要な気がするのです」

「ーーーそっか」


 彼は財布からお金を出して、店員さんに視線を向けた。


「これで支払っといて」

「え、」

「ほらほら、プレゼントは?」

「お、おとなしく受け取る………、」

(う、受け取るにしてもお値段というものがある気がするのですが………、)


 結菜は悶々としながら、彼が結菜のためにピアスを買ってくれるのを呆然と見つめていた。どうしようという思考が頭の中をぐるぐる回って困り果てていると、視界の端で何かがきらっと光った気がした。ふらっとそちらに向かうと、そこには結菜のものとは中央についている石の色が青色と結菜が買ってもらっている色と異なっている、形が同じ片耳ピアスが飾られていた。


「あ、あの」

「? はい。いかがなさいましたか?」

「あのピアスも出していただけませんか?」

「これですか?」

「はい」


 支払いを終えて商品を布地で磨いていた店員さんは手を止めて結菜の指差したピアスを取り出す。結菜はそれに近寄って宝石に僅かに息を吹きかけた。宝石が曇ることはもちろんなく、結菜の思った通り、このピアスが結菜のピアスと対になっているようだ。


「………これを購入します」


 父から一応渡されていたブラックカードを店員さんに渡した結菜は、店の端に立てかけられた看板に目を止める。


「ねぇ、はるくん」

「ん?というか、なんで色違いでピアス買うの?」

「………本当は半分こしたかったけど、わたしが欲しいピアスが片耳のデザインだったからです。プレゼントは大人しく受けるのが礼儀なのでしょう?」


 にっこりと笑った結菜に、陽翔はちょびっとため息をついた。


「上手に引用してきたな」

「そういうのは得意ですから」


 父からもらっていたブラックカードの初めての使い道は、彼氏へのプレゼントだった。

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