第62話
「それで?結菜は何を聞きたかったんだ。話を遮ってしまった」
「えっと………、」
視線の先にある看板を見ながら急に気恥ずかしくなった結菜は、もごもごと口を閉ざした。先程までは名案だと思ったことも、ほんの少し冷静になっただけでとんでもないことであったことを理解してしまうとは、人間はとっても難儀な生き物だ。
「あぁ、………あの刻印か。店員さん、あの刻印ってこのピアスの裏面にできる?」
「はい。こちらの商品は特別商品ですから、可能ですよ」
「どのくらいかかる?」
「1時間ほどで可能です」
「じゃあ、中央がピンクのほうに『H to Y』」
「あ、青い方に『Y to H』と掘ってください………、」
結菜は陽翔に続いてもじもじと声をあげた。
「じゃあ、1時間後に取りに来る」
「承知いたしました」
彼に手を引かれて結菜はお店の外に出る。
ふわっと漂う香りや雰囲気が変わる不可思議な感覚に身を委ねていると、彼はご飯屋さんが多い通りに足を出した。
「どこに行くのですか?」
「フードコート。昼食いに行くぞ」
「わたしは、はるくんが作ってくれたものが食べたいです」
「じゃあ、デザートだけ今日は買うか」
「はい」
へにゃっと口元が緩んでしまうことをほんの少しだけ恥ずかしく思いながら、結菜は彼に連れられて歩く。結菜はちゃんと遊び人の彼の隣に並んでもおかしくない女子高生に見えているだろうか。優等生じゃない、そこそこ高校生活をエンジョイしている学生に見えているだろうか。
「フードコートって使ったことある?」
「ありません」
「じゃあ、適当な席座るよ」
「はい」
だんだんと人通りが増してガヤガヤする場所に出てきた。結菜には慣れない空間だけれど、それがまた心地いい。不思議な気分だ。自分がこんな場所に来るなんて、来れるなんて夢にも思っていなかった。結菜には一生縁遠い場所だと思い込んでいた。
天井からパステルカラーの看板が吊り下がっている椅子と椅子の間の道を通って、一歩華やかな場所に足を踏み入れる。
ーーーぐうぅぅぅ………、
初めてのフードコートは、あまりにも美味しそうな匂いに釣られてしまった結菜のお腹が大きな音を立ててはじまりを合図した。
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