第57話
身体からふっと力が抜けるのを他人事のように感じながら、結菜は自らが何者であるのかを忘れたように瞳から光を消す。
そうすれば痛く無くなるから。
そうすれば苦しくなくなるから。
そうすれば寂しくなくなるから。
そうすれば悲しくなくなるから。
そうすれば辛くなくなるから。
これは結菜の処世術であり、この残酷で虚しい世界で生き延びるために身につけたなくてはならないもの。
「ゆな。大丈夫だ」
耳元でそっと呟かれる声に、身体を包み込む暖かさに、結菜はぱちぱちと瞬きをした。
「ゆっくりと呼吸をして。大丈夫。俺がなんとかするから」
なんの確信もない言葉。
信用ならないまやかしの言葉。
なのに、結菜の心と身体は彼の指示に従う。
ゆっくりと呼吸をしていると、彼にくいっと顎をあげられる、壁に背中を押しつけられる。
「あっ、」
「どうしました?秋月先生」
「い、いえ。何も。………月城くんがおサボりをしていたので………、」
「あぁ。あいつか。………あいつなら放っておいてあげてやれ。あと、………ちょっとなんだから」
遠くの方で聞こえる声に首を傾げながら、結菜はゆっくりと視線をあげる。結菜の顎をくいっとしている彼は、無表情なのに苦々しくて、とっても悲しそうな顔をしていた。でも、なんとなく悔しがっているようにも感じた。
「行くぞ」
「え、あ、はい」
彼に手を引かれて結菜は再び歩き始める。
彼の妙に冷たい手が、なんだか不吉なものを呼び寄せているように感じる。さっきまで心の中でぐるぐる渦巻いていた結菜の苦しみが、悲しみが、痛みが、結菜の頭の中に最悪な事態だけの想像を呼び寄せさせる。
「はるくん。………どこに行くんですか?」
「お前となら、どこへでも」
そう言った彼は、ふわっと微笑む。
柔らかな笑みが、声が、優しさが、なんだかとっても苦しかった。
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