第5話



 学校を出てからも無言で前を歩く彼は、いつもと違って深い青色のヘッドホンをしていない。

 結菜はなんだかそれが満足で、“恋人同士”という特別を楽しむ。


「………今日、習い事は?」

「ありません」

「じゃあ、………遊んで帰るか?」

「はい。よろしくお願いします」


 にっこりと笑うと、彼は少し顔を顰めた。


「………不快にさせてしまいましたか?」

「いや」


 ただただまっすぐ歩いているだけなのに、姿勢が良い彼はとても目を惹く。


「美しい所作ですね」


 だからこそ、結菜は何も考えずぽつりと溢してしまった。


「………お袋が厳しかったんだ」


 寂しそうな横顔にぐっと息を飲み込んで、結菜は微笑みを浮かべたまま申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「すみません、踏み込み過ぎましたね」

「いや、気にするな」


 静かでいてはっきりと耳に届く凛とした声に、結菜は安堵する。


「………どうして、どうして1週間なんだ?」


 思い立ったように聞いてきた彼に、結菜はにっこりと微笑む。


「どうしてだと思いますか?」

「………………」


 顎に手を当てる姿は、必死に答えを探している彼にぴったりだ。

 可愛らしい仕草に微笑みを向けたままでいると、彼は途端に立ち止まった。


「?」

「ここ。………ここで遊ばないか?」


 彼が指差した先にあるのは、きらきらと輝く派手な世界。

 沢山の機会が並ぶ、夢のような空間。


 “ゲームセンター”だった。


「………イヤか?」

「いいえ、初めてですので、お作法が分からないなと」

「ふっ」


 くすっと笑った彼に、結菜はジトッとした視線を向け、ぷくっと淡く頬を膨らませた。


「………悪い。じゃあ行こうか、“ゆな”」

「!!」


 陽翔に手を引かれた結菜は、ゲームセンターに初めて足を踏み入れた。

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