金曜日1 暇人は放課後を謳歌する。

 放課後の教室というのは、なんて素晴らしい空間なのか。

 一時間前までは人がごった返し、未だ夏の粘り腰は続き、気だるい暑さが充満していた教室が、今は自分と優しい夕焼けだけの空間に早変わりだ。


 久しぶりの一人、放課後の教室。

 忙しい日々が終わり、元の生活が戻ってきた。

 一人で過ごす放課後は、なんて安らぐのだろう。世界最高の環境だと本気で思う。

 でも、なぜだろう。先週までとは違い、心にぽっかりと穴が空いている。

 寂しい。そう感じている自分を、否定出来ない。

 たった数日、いつもと違う活動をしていただけなのに。


 今日、昼休みに越川こしかわがクラスに謝罪した。

 理由を聞き、様々な反応があった。怒る人、興味ない人、同情する人、許す人。

 何にしても、そこまで大きな事にはならなかった。ポスターが帰って来たのもあるだろうが、他人の秘密に対して、人はそこまで関心がないのかもしれない。

 意外だったのは水島みずしまさんで、ブチギレる姿を想像していたが、実際は涙を流しながら同情していた。水島さんにも色々あるのかもしれない。

 真鍋まなべとも仲良くなったみたいで、今日は二人が喋っている姿をよく見た。しかし昼休み以外だ。

 工藤くどうともカメラのことを通して、話すようになったらしい。カタログとにらめっこしながら相談していた。

 結果的に、越川の立場はそんなに変わらなかった。本人が、今までは無理して上げていたテンションを少し下げたくらいだ。

 なんなら交友関係広がってないか?

 ちなみに、江本えもとさんと相沢あいざわさんは相変わらず、学校ではアニメの話はしていないようだ。授業中は寝て過ごしている。学校に通いながらの昼夜逆転を、完全にものにしているらしい。

 吉田よしだ先生には結局事件のことはバレなかった。姪に夢中で生徒たちの違和感に気づかないなんて、教師失格だと思う。でもまぁそのくらいの抜け具合が吉田先生らしさでもある。自分ではすごくしっかりしているつもりらしいが。

 とにかく、事件は完全に終わったのだ。


 ガラガラガラ

はるくんいるー?」

「いるかー?」

「若菜さん? 越川? なんで。それに……」

 今、悠くんって呼ばれたよな。

 月曜日の放課後に一度だけ呼ばれた下の名前。

「なんでって、別にいいでしょ? 友達なんだから」

 友達、か。

「そもそもここはお前の場所じゃねーしな」

「そうだけど、何をしに来たの?」

「何って、三人でボーっと過ごすんでしょ? 約束したよね? なんだっけ、ぼーっと同好会?」

 なんだそれ。

「まさか毎日来る気じゃないよね?」

「来るぞ」

 なんてこった。一人の安らぎ空間が……。

「いつもただ喋るだけなのもつまらないから……」

 若菜さんがカバンからなにか箱を出す。

「これ! たまにはボードゲームとかしよ! これも約束したでしょ?」

「文化祭の後じゃなかったっけ」

「細かいこと気にすんなよ。それにほら、親睦会だよ。吉田先生に嘘で言ったやつ!」

「ほらほら悠くん。 早く席並べてよ」

 また悠くん。そっちで定着させるらしい。ちょっと恥ずかしい。

「いや、まだやるって言ってないんだけど……」

 若菜さんが怖い顔で睨んでくる。

「さっさとやるっ!」

 ビクッとした。怖いよ。

「はい……」

 ガラガラ!

「何してるのー? あたしも混ぜて絢星くーん!」

 佐々木ささきさんまで現れた。佐々木さんは二組なので事件のことは知らず、依然、越川のことが好きらしい。

沙奈さなちゃん稽古、平気なの?」

「平気ー!本番前日はなんと休みなの!」

「じゃあ、沙奈ちゃんもやろ! これ人数多い方が面白いから!」

「やるやるー! 絢星あやせくん、ルール教えて!」

 う、うるさい……。こんなの安らぎの空間じゃない……。

「悠くん、説明書読んで」

「え、読まないとダメなの?」

「ダメってそりゃ誰もルール知らないし」

 やったことあるふうの口ぶりだったじゃん。

「まさかやったことない?」

「もちろん」

 もちろん……?

「さっき言ってた人数多い方が面白いってのは?」

「ネットに書いてあったの」

 あぁ、そうですか……。

 拒否権は無さそうだ。

「分かったよ。読むからちょっと待ってて……」

 俺が説明書を読まされている間も絶え間なく会話は続いていった。

「悠くんまだ?」

 イラッとする気持ちを抑え、文字を追った。

 それにしても、悠くん呼びは、やっぱり慣れない。


 自分らしくない生き方は苦しい。しんどい。そう越川は言っていた。でもそれは越川が自分で挑戦して、その結果、得た答えだ。

 俺は何かしただろうか。何もしていない。答えを出せるほど挑戦していない。やってみた結果、やっぱり一人で過ごす方がいい、という結論になるかもしれない。

 それでも今は、この騒がしく、そして楽しい時間を、過ごしてみるのもいいのかもしれない。答えはいつか、出るべき時に出るだろう。


「佐々木さん! それ俺の駒!」

「なんで名字で呼ぶのー! 沙奈って呼んで!」

「悠くんのターンだよ! 早く早く!」

「お、ラッキーマスだ。内容は――」


 放課後の教室は素晴らしい。

 それは、何人いても、変わらない。

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