木曜日2 暇人は結論を述べる。

 俺にとって放課後の教室は安らぎの空間であり、一人の空間だった。月曜日から始まり、火曜日、水曜日、そして今日、その価値観からは遠ざかっている。安らぎとはほど遠く、二人以上が存在する疲れる空間。でも楽しかった。賑やかな放課後は今日で終わる。明日からは元通り、一人で過ごす放課後になる。犯人探しは、もう終わったんだ。


 若菜わかなさんには、全て分かったとだけ、犯人には放課後に教室来て欲しいとだけ、伝えた。

 放課後になっても人はすぐいなくなるわけではない。人がいなくなるのを待った。

 暫くすると、教室には俺と若菜さんだけになった。

「犯人はちゃんと来てくれるの?」

「来るよ。そういうやつだから」

 伝えた時間ぴったりに、そいつは教室に現れた。

 ガラガラガラ

 扉が開く。

「何の用だよ。秋月あきづき

 立っていたのは真鍋まなべ、真鍋吏玖だった。

 若菜さんは想像通りだったのか、そこまで驚いてはいないようだ。結局、月曜日の七時から七時半のアリバイが分からなかったのは真鍋だけだから、当然だろう。

「来てくれてありがとう。やったのは真鍋だね?」

「俺はやってねぇよ。そう言ったはずだ」

 呆れ顔で答える真鍋。

「そうだよ。真鍋くんがやってないって言ったのは秋月くんだよ?」

 確かに聞き込みの時の様子から、真鍋は犯人ではないと直観で感じていた。

 そしてそれは正しかった。

「真鍋はポスター殺しの犯人じゃない。これをやった犯人だ」

 俺は今日の昼休みに、机の中に入れられていたルーズリーフを、二人に見せつける。

 ――お前は間違っている。もう諦めろ。これ以上犯人探しを続けるつもりなら、覚悟しろ。

「これ、なに?」

「脅迫文だろうね。真鍋が撹乱のために書いた」

 そう、真鍋がやった事とは、これのことだ。

 真鍋は黙っている。話の続きを求めているみたいだ。

「聞き込みの時、真鍋は違和感のあることを言っていた」

「分かりきってるだろってやつだよね。私も気になってた」

「あれは結局、犯人が分かりきっているってことだったんだ。真鍋からすれば、ね」

「…………」

 真鍋はそれでも何も言わない。

 最後まで聞くつもりらしい。

「犯人を知っていた。いや、厳密に言うと、すぐに気づいた。そしてとある理由から犯人を助けるべく、犯人を装って脅迫文を作ったんだ」

 根拠はあるが、まだ言えない。

「俺の想定した犯人なら、こんなことを書くはずがない。覚悟しろなんて脅迫は絶対に言わない。見た瞬間は考えが間違ってるかもって混乱したけど、さっき解決した。犯人に加担する可能性のある人物が一人いた。それが真鍋だ」

「理由っていうのはなんなの? 秋月くん」

「犯人は自分だけでなく、真鍋にも利があるように犯行したんだ。それに気づいた真鍋は恩返しで――」

「違う。恩返しなんかじゃない。そもそもあんなことしてもらう必要はなかったんだ。でも気を使われた以上、貸しがある。それを返しただけだ」

 真鍋が口を開いた。やったことを認めてくれたようだ。

「犯人と真鍋は同じ中学校出身なんだってね。そして、その中学校出身の花盟学園かめいがくえんの生徒はかなり少ない。一学年に五人もいないらしい」

 これらはさっき吉田先生に確認した事だ。

 適当な理由を付けて聞いたら、簡単に教えてくれた。

「二人はお互いの過去を知っていた」

「過去、それが何に繋がるの?」

「動機だよ。犯行の動機は、吉田よしだ先生への恨みでも何でもなかったんだ」

「それじゃあなんであんな事……」

「もう少ししたら犯人がここに来る。その時に説明するよ」

 先に真鍋と話すために、犯人には少し遅れた時間を伝えておいた。

 もうすぐ姿を現すはずだ。逃げるような人じゃない。


 ガラガラ!

「よぉ! 今日は何やるつもりなんだ?」

 真鍋とは違い、勢いよく教室に入ってきた。

 若菜さんは先程とは違い、目を大きく開き、信じられないといった感じで、立ち尽くしている。

「うそ……」

「? どうしたんだよ若菜さん、秋月、それと……」

 真鍋を見て、状況を理解したのだろうか。真剣な顔に変わる。

越川こしかわくん……なの?」

「越川、来てくれてありがとう。話をしたくてね」

「……おう」

 犯人は越川。文化祭実行委員の越川綾星だ。

「若菜さん。さっきの話の続きをするよ」

 ここからは犯人を追い詰めるためじゃなく、若菜さんへの説明のための話だ。そもそもこの犯人探しは、若菜さんからの依頼だからだ。

「うん。聞かせて」

 若菜さん覚悟の決まった表情でこちらを見

 る。

 自分のアリバイを証明してくれた、時に犯人探しに協力してくれた、昨日は共に学校への潜入までした、仲のいい越川。その越川が犯人であるという現実を受け止める覚悟、だろう。

「結論から言う。越川と真鍋は同じ中学校出身。お互いがお互いの、中学生の時と今の雰囲気が大分変わっていることに気がついている。高校デビューってやつだ」

 再印刷してもらったポスターを確認したが、赤いインクで隠れていた位置には、今の二人とは大分印象の違う二人が写っていた。

「高校、デビュー。それがどうして動機になるの?」

「写真だよ。モザイクアートを作るのに使ったでしょ? 特に、被害を受けた作品には中学生の頃の写真がね」

 若菜さんは話を理解し、すぐに越川の気持ちを想像したのか、悲しそうな顔で、

「見られたく、なかったんだね」

「文化祭で何をやるかクラスが悩んでいる時に、吉田先生に提案されて、流れでモザイクアートポスターに決まってしまった。その後、越川は過去の自分がバレないように計画したんだと思う。その時に、真鍋の写真も一緒に隠すと決めたんだろうね」

「どうして真鍋くんは、越川くんが犯人だって分かったの?」

「それが分からないんだよ。事件の時にその場で確認するのは無理があるし。」

「目配せされたんだよ。あの時」

 なるほど。それは気づけない。

 越川はもう諦めているようで、何も反論しない。ただ、話を聞いている。

「これが事件の全体像だ」


「待って秋月くん。越川くんにはアリバイがあるんじゃないの? ほら、水島みずしまさんと、あの、あれで」

 真鍋がいる前なので、ギリギリで濁した若菜さん。

「これから、細かい所の説明をするよ」

「うん。よろしく」

 少し恥ずかしい話をしなくてはいけない。

「俺は若菜さんに名探偵なんてなれないって話をしたよね?」

「うん。でも頑張ってたよ秋月くんは」

「そう、頑張っちゃったんだ。名探偵なんかじゃないって分かってたのに、いつの間にかなりきっていた。名探偵ごっこに、興じてしまったんだ」

 顔が少し熱い。

「ごっこなんかじゃないよ。秋月くんはすごかったよ」

「全然違うんだ。名探偵ごっこをした結果、無意識的に、犯人側にもそれを求めていたんだ。名犯人を。その結果、事を難しく複雑に考えて考えて、混乱した」

 恥ずかしいが、全部言わなければいけない。

「すごくシンプルに考えてたと思うけど……?」

「それでも、だよ。俺たちはただの高校生なんだ。名探偵でもないし、名犯人でもない。もっともっとシンプルなことだったんだ」

「もっと、シンプル」

 若菜さんは自分で考えたいようだが、時間がかかりそうなので、すぐに答えを言わせてもらう。

「簡単なことだよ。作って、受け取った本人が犯人ってこと」

「あ……」

「これなら犯行時間を絞るだの、アリバイだのなんて関係ない。受け取った後、好きな時に好きな場所で、なんとでも出来るんだからね」

 越川はそれでも黙っている。若菜さんへの説明が目的だと分かっているんだろう。だが来てもらった理由はもちろんある。少し待っでいてもらう。

「確かに……。なんで気づかなかったんだろ」

「そこは越川の功績だよ。事件が起きれば、犯人探しが始まるということくらいは、誰にでも想像出来る。だから吉田先生への恨みが動機であるように見せかけるやり方をしたんだ」

「確かに私もそう思っちゃった」

「そう演出すれば、吉田先生を悲しませないために、隠そうという方向に持っていけるしね」

「でも、小学生の時の写真が使われたポスターはいいの?」

「小学生の頃と今じゃ違って当然だからね。あの頃の姿を見ても、その人物のキャラクターは分からない」

 中学生の頃は、今の自分と地続きに感じられる。

「つまり破られてたのは演出で、あの二箇所のインクは二人の中学生の頃の写真を隠してたってことだよね」

 そういうことだ。

 モザイクアートをパソコンで作る場合、専門のサイトに登録した画像データを、勝手に配置してくれるらしい。

「各一箇所で済んだのは偶然だと思うけど、そもそも写真を、一枚ずつしか登録していなかったんだと思う」

「ならそもそも二人の写真を、使わなきゃよかったんじゃないの?」

「モザイクアートの楽しみ方の一つに、近づいて見てみるってのは間違いなくあるよね。そうするとどうなる?」

「……二人の写真がないって気づかれる」

「そうなると、個別で写真を見せてって流れになるでしょ?」

「そっか、だから作った上でこうしたんだ……」

 若菜さんがここまでのことを整理しているらしく、一度黙る。

「あれ、でも、今の話って越川くんが犯人の可能性があるってことであって、断定は出来てない?」

 そう、そして今日の朝、それが出来たのだ。

「今日の朝、カギのことがあったから七時に来たんだ。うちのクラスの教室の前は一年三組の人達が、作業場として使ってた。確認を取ったら、月曜日から毎日使ってるらしい」

「? それがどうしたの」

「つまり、犯行時間だと思っていた七時から七時半も、一年二組の教室は衆人環視だったってことだよ。そもそも教室で犯行が可能な時間なんてなかったんだ」

 俺が一人でいた放課後以外は、だが。

「お店に取りに行った越川くんしか出来ないってことだね」

 もしくは俺。突かれると困るので言わない。

「犯行時刻の現場なんて、最初に確認するべきだったんだ。俺がカッコつけた考え方をしてたから、こんなに時間がかかったってこと」


「これで犯行当日に関することは、大体説明出来たと思う」

 若菜さんは越川に視線を送る。

 それを受けて、越川はようやく口を開く。

「やっぱ秋月はすげーな。ほとんど完璧だよ」

「ありがとう。でも、結局は暇だったからたどり着けただけだよ」

 時間をかけただけ、そして運がよかっただけだ。

「ねぇ、越川くん。私のアリバイを証明してくれたり、他にも色々協力してくれたのはなんで……?」

「…………」

 越川は自分から説明しようとしない。そこには越川なりの、犯人としての矜持があるのだろう。

 代わりに答えるべきだと思った。

「越川は自分の行動のせいで、被害者が現れて欲しくなかったんだと思う」

 越川は悪いことをした。だが度々、悪人とは言い切れない行動をしている。

 真鍋の写真も一緒に隠したり、若菜さんのアリバイを証明したり、俺がかけたトンチンカンな疑いを晴らすために、聞き込みにも協力してくれた。

「昨日の潜入に参加してくれたのも、俺たちを危険から守るため、じゃないかな」

「越川くん……」

 本当にあの時、いてくれて助かった。

「でも最後はパニクって、秋月のこと見捨てたぜ?」

「あの状況なら仕方ないよ。それに、俺から提案したことだしな」

 越川はいいヤツなんだ。

 聞き込みをした時に、人の抱える秘密にたくさん触れた。自分の趣味を恥ずかしがる人、否定されるのが怖くて言えない人、深刻に考えているわけではない人。バレたら死ぬと決めてる俺。それぞれの形と重さがある。誰の心にも、モザイクをかけたい部分は存在する。

 越川にとって過去の姿を知られることは、こんなことをしてしまうほどに重かったのだろう。

 罪は罪だ。だけど、越川がいいヤツなのは変わらない。


「もうこれで全部かな」

 考えていたことは全部言えたと思う。

「秋月、もう一つ忘れてないか?」

 忘れてる?

「俺は月曜日、教室のカギを開けた。それはなぜか」

 あ、あぁ。何でだ……? 考えていなかった。

 確かに言われてみれば、水島さんとの撮影が終わってからでもよかったはずだ。

 越川の行動を整理する。行動原理と照らし合わせる。

「えっと、最初は容疑者を増やしたかったんじゃないかな。調べることが不可能なくらいに。でも教室の前の状況を知って、方針を変えた。容疑者を増やすんじゃなくて、無くす方向に。自分が校門で見張って、証人になることで」

「正解。これで全部だ」

 最後に犯人に助けられた。

 何が名探偵だ。馬鹿野郎。


 少し静かな時間が流れた。

 真鍋は話をしている最中から興味なさそうに壁に寄りかかったまま。

 若菜さんは涙目、いやもう何滴かはこぼれているようだ。

 越川は重い荷物を下ろしたような開放的な様子だ。

 そして、

「全部あやふやにしたかったんだ。文化祭まで耐えれば事件のことなんて、みんなどうでも良くなるだろ? そうすれば俺も、誰も被害者にならないと思った」

 越川がまとめる。これもよく見たシーンだ。

 もしかしたら最初から最後まで、越川の手のひらの上で踊ってたのかもしれない。そんなふうにも思う。

「さて、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 何を言ってるんだ、越川。俺達は――

 ……そうか。そう言えば越川はこの事を知らない。

 最後くらい、踊らずに暴れてやる。

「越川、なんで俺たちが犯人を探してたか、知ってるか?」

「なんでってそりゃ、とっ捕まえて晒し首にでもするんだろ? なんせ若菜さんは俺のせいで疑われたんだ。恨まれても仕方ない」

「若菜さん、どう思ってるか、教えてくれ」

 若菜さんを見やると、いつの間にか号泣していて、話を聞いていなかったようだ。涙を流しながらキョトンとしている。

「え、ごめん、聞いてなかった……って、え!? 私の気持ち? いや、ちょっと秋月くん、空気読んでよ、そういうのはさ……」

 何の話と勘違いしてるんだ?

「その、まだそんな……っていうか、気になってるくらいっていうか……。私にも分かんないよ! 秋月くんの馬鹿!」

 ???

 なんの話で、なぜ怒られたんだ。若菜さんと関わってから一番酷い言葉をかけられた。

「いや、若菜さん? 犯人を探してた理由なんだけど」

 せっかく越川に一泡吹かせようと思ってたのにグダグダになってしまった。

「え!? あ、あぁ、ごめんなさい……」

 定期的に現れる使いものにならない若菜さん。何がスイッチになっているんだろう。

 もう俺が説明しよう。

「若菜さんは、犯人を恨んでなんかいないんだ。むしろ、話を聞いてあげたいって言ってたんだよ。だから俺は手伝うことにしたし、ここまで説明してきたんだ」

 手詰まりになったあの時以来、俺の動機は変わった。

 若菜さんのために、犯人のために。

 だから越川にも救われて欲しい。本気でそう思っている。

「…………」

 若菜さんが真剣な顔に戻る。

「二人はどうしたい? 私は、二人の意思を尊重したい」

「俺は別にどっちだっていい。元々、その覚悟で写真を渡してんだからな」

 まずは真鍋が答えた。

 次は越川の番だ。

「……俺は、公表するべきだと思う。罪には、相応の罰がなきゃいけない」

 さらに続ける。

「それに、元々もう限界なんだ。俺は中学生の時は地味なやつだったんだ。偶然、高校に来る前に身長が一気に伸びて、長かった髪を短くしてみたらいい感じになってさ」

 中高生は成長期真っ只中だ。そういうことも結構起こってそうなもんだ。

「自分らしくない生き方は続かない」

「…………」

「もちろん楽しいのは事実だぜ? だからその生活を守ろうとしてこんなことまでしちまったんだし。でも今回のことで分かったよ。この生き方は俺にとってしんどい。俺は地味な生活に戻るよ」

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