木曜日1 暇人はたどり着く。

 朝五時半、起床。

 越川こしかわは七時にカギを開けたと言っていた。なら俺も七時に行けば、問題ないだろう。

 昨日の計画が原因で、教室のカギを持って帰ってきていた。いつも通りの時間に行ったら迷惑になってしまう。

 登校にかかる時間と、朝が弱い俺が準備と朝ご飯にかける時間を考えた結果、この時間に起きることになったのだ。

 睡眠時間はいつもよりかなり短い。出来れば十時間寝たいタイプなのだ。

 母親もまだ寝ているので、朝ご飯は適当に自分で作る。目玉焼きとベーコンを焼き、トーストに乗せて食べる。

 寝癖を直す。とくに凝った髪のセットはしない。

 持っていく教科書類を確認する。木曜日は眠くなる三時間目に、社会があるから幸せだ。

 行ってらっしゃいとは返ってこないが、いつもの癖で行ってきますと言い、家を出た。


 この時間の電車は空いているのだろうか。出来れば座って寝たい。そんなことを思いながら電車を待つ。

 ピーク時よりは遥かに空いていたが、それなりに人はいて、毎日こんな早くから活動をしている人が、こんなにもいるのだと知り、驚いた。

 途中で席に座ることができ、そのまま寝て過ごした。


 今日は特に考えることもないので、集中していたらいつの間に、ということもなく、ダラダラ歩いている。あくびが止まらない。

 この道、こんなに長かっただろうか。

 眠くて足が進まないせいか、人と一緒に通ることが増えたせいか、そう感じた。

 それでもやっぱり橋から見える景色は最高で、そこでパチッとスイッチが入った気がした。


 大丈夫だとは思っているが、路地の扉のカギをチェックしにいく。既に朝練をしている運動部が何人もいて、カギが開きっぱなしだったことはあやふやになっていそうだった。


 ローファーからスリッパに履き替え、階段を登る。二階からは既に、活気のある声が聞こえてくる。二組は準備も稽古も佳境だろう。

 階段を登り切り、視線を上げた。

 そこには考えられない景色が広がっていた。


 一年二組の作業場が、俺たち一年三組の教室の前まで、侵食していたのだ。

「あ、えーと、秋月あきづきだっけ? おはよ」

 佐々木ささきさんだ。

「おはよう」

 反射的に挨拶を返す。

「ごめんねー。邪魔だよねぇ。場所が足りなくて借りちゃってた。ルール違反だけど許して! 秋月も昨日、うちのクラスに入ってきたし、お互い様でしょ?」

「それは全然いいんだけど。これいつからこんな感じなの?」

「んー、今週の月曜日からかな? 男子が三組の前が空いてるぞーって言って――」

「本当に月曜日?」

「う、うん。絶対そう」

「時間は何時くらいからやってるの?」

「六時半くらい、かな」

 頭の中で今まで得てきた情報が組み上がっていく。

「ありがとう佐々木さん。もう大丈夫」

「何が大丈夫なのかは分からないけど、あたし戻るねー。お大事にー」

 全て分かった。もう聞き込みなんて必要ない。

 今日、決着をつける。放課後の教室で。


 教室のカギを開けた後、駅前に戻り、一つ用事を済ませた。朝早くで申し訳なかったが、おじいさんは快く対応してくれた。印刷し直したポスターを受け取りに来たのだ。


 昼休み、事件が起きた。

 トイレから帰ってくると、自分の席に何か違和感を覚えた。

「椅子が動いてる……?」

 席を立った時、椅子は奥までちゃんと仕舞ったはずだ。なのに今は少し出されている。

 さすがに机の上に食べかけのお弁当が置いてある席には、誰も座らないと思う。

 つまり、誰かが何かを意図的にしたということ。

 気持ち悪さを感じつつ、椅子に座る。

 すると、机の中に見覚えのないルーズリーフが挟まっていた。

 引っ張り出してみる。何か書かれている。

 全体が見えると、

 ――お前は間違っている。もう諦めろ。これ以上犯人探しを続けるつもりなら、覚悟しろ。

 と赤い文字で書かれていた。ポスターを思い出す赤いインク。血を想像させる。

「覚悟しろ」か。だがもう遅い。俺はすでに真相に――。

 おかしい。俺が想定している犯人なら、こんなことはするはずがない。考えが間違っている? そんなわけない。ここまで完璧に組み上がっているのに全然見当違いなんてあり得ない。

 足りないんだ。何かが足りていない。一つ情報が不足している。それによってこの矛盾が発生してるんだ。

 それを見つけなければいけない。


「失礼します。吉田よしだ先生はいらっしゃいますか」

 足りていない一つの情報。それを手に入れるために職員室に来た。

 おそらく、吉田先生に聞けば分かるはずなのだ。

 事件のことを勘繰られてはいけない。

 クラス全体でここまで完璧に隠匿してきたんだから。

 それを俺なんかが台無しには出来ない。

 それでも、そのリスクがあっても、俺はこれを聞かなきゃいけない。若菜さんのために。犯人のために。

「おう、どうした秋月。昨日は平気だったか?」

「大丈夫です。無事帰れました」

「てかお前、教室のカギ返してなかっただろ」

「昨日、ほら、親睦会で浮かれちゃって。すいません。でもその代わり、今日は七時に来てカギ開けたんですよ。むしろ褒めてくださいよ」

「一応カギを生徒に任せるのは特例なんだからな。気をつけてくれよ」

「はい。すいませんでした」

「んで、用はなんだ?」

「先生に質問があって――」

「あぁ、それなら――」

 やっぱりそうだ。これで全ての辻褄が合った。

 今度こそ、間違いはない。放課後、教室で決着をつける。

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