水曜日2 暇人は仲間を集める。

 駅前。

 昨日とは違い天気がくもりなので、気持ちのいい景色は見ることが出来なかった。

 覚悟を決めたことで生まれた充実感と、これからやることを想像して生まれる緊張感。

 交互に襲ってくるこれらの気持ちに振り回され、気持ちが悪くなりながら歩いてきた。

 若菜わかなさんとは、二人の間に生まれたなんともいえない空気感が原因で、ろくに喋ることが出来なかった。


 その空気の壁を若菜さんが突破する。

「用事って言ってたけど、どこに行くの?」

 先に喋ってくれてありがたい。こういうのはいつも頼りっぱなしだ。

「まずは写真屋に行く。犯人探しを続けるにしても、作品が戻ってくるに越したことはないからね」


「いらっしゃい。花盟学園かめいがくえんの生徒さんだね。」

 喫茶店「ハナアカリ」の店主とは違い、男女二人組を見ても何も言わない。

 年齢はよくわからないがおじさん、というよりはおじいさん、の方がしっくり来る雰囲気だ。

 チェーン店ではなく個人経営らしく、趣味全開といった雰囲気だった。

 不思議の国のアリスを思い出させるような、物が多く、散らかっている感じだ。しかしそれは意図的にそう配置しているように見え、散らかっているわけではなさそうだ。

 仕事は仕事。ということなんだろうか。奥に目を向けると、世界観とは合わない現代的な大小様々な機械類が、整然と並んでいる。

「花盟学園一年三組の秋月あきづきと申します」

 隣で若菜さんも挨拶をしている。

「モザイクアートポスターの印刷をしていただいたと思うのですが、元画像のデータって、まだ残ってたりしますか?」

「よく出来てただろう? うちはいい印刷機材があるんだよ」

「データの方は――」

「あぁ、はいはい。残ってると思うよ。この時期は依頼が多いからね、まとめて消すようにしてるんだ。都度都度消すのは手間だからね」

「もう一度印刷してもらうことって出来ますか? 一つ、不注意で破れてしまって」

「出来なくはないが、頼んだのは君たちじゃないよねぇ。確かもっと背の高い子だったと記憶しているよ。本人に確認が取れないとちょっとねぇ。こっちにもデータを管理する責任が――」

「私たち、越川こしかわくんの友達です! 越川くんは忙しいので頼まれてきたんです」

 若菜さんの必殺技が繰り出された。

「そうそう越川くん。よく知ってるね。でも学生さん同士なら名前くらい、調べれば分かるだろうしなぁ」

 俺も加勢しなければ。

 越川と友達である根拠を提示するんだ。

 若菜さんが越川の友達と言ったとき、おじいさんは注文票やパソコンを見ずに越川のことを認識していた。だったら、

「おじいさん。もしかして越川の撮った写真、よく印刷してたりしませんか? あいつ、写真撮るのが趣味だから」

 根拠はもう一つある。

 もう一度モザイクアートの印刷を依頼する場合、いくら掛かるのかが気になって調べてみたら、想像以上に高額だった。おそらく学校から支給される金額では、三つも印刷してもらうのは難しい。

 越川は格安でやってもらったと言っていたが、それは学生だからではなく、個人的な付き合いのある相手だったからなのではないか。ということだ。

「越川くんの趣味を知っているのかい。彼は仲のいい人にしか、趣味のことは話さないと言っていたよ。うーん、友達というのは本当みたいだね。」

 よし、当たった!

 嬉しくてつい、若菜さんと目を合わせてしまったが、怪しまれないよう、すぐに平静を装う。

「よし分かった。越川くんからの話ということなら優先的にやらせてもらうよ。明日にでも取りに来るといい」

「「ありがとうございます!」」

 何はともあれ、これでみんな満足して文化祭に望めるだろう。犯人以外は。


「さて、それじゃ若菜さん。また明日」

「帰らないよ。秋月くん、今日やる気なんでしょ? 夜の学校潜入」

 緊張した雰囲気が隠せていなかったらしい。

 それにしても帰らないとは?

「秋月くんだけに任せて帰れるわけないよ。私も行く」

 真剣な顔して何を言ってるんだ若菜さんは。

「ダメだよ。バレたら大問題だ。若菜さんにそんなことはさせられない」

「私が頼んだんだから絶対に手伝う。見張りくらいなら出来るよ」

 確かに見張りがいたほうが危険性は下がるが、

「若菜さん、家厳しいんでしょ? 門限とか間に合わないから帰ったほうが――」

「門限くらい破るもん。私だって反抗期の一つや二つ出来るんだから」

 反抗期を出来る出来ないで考えてる時点で、根の真面目さが滲み出ている。

「お願い。連れてって。秋月くん」

 若菜さんの目には不思議な力がある。見つめられると逆らえなくなるような、そんな感覚。

「わ、分かった。でも、もし見つかりそうになったら俺を犠牲にして逃げること。それが条件」

 最大限の譲歩。

 本当は連れて行きたくない。背負っているものも、積み上げてきたものも、俺とは違うのだ。

「うん。それでいい」

 本当は嫌そうだが、なんとか飲み込んでくれた。

「それで、具体的には何をするの? 学校に潜入するってことは、空を飛んだり壁をすり抜けたり?」

 冗談だよな? さすがに。

「カギを盗んだり、窓から入ったりするよ」

 ちゃんと言うと、カギを盗み出すことが可能なのかのチェックと、予め開けておいた窓から入り込む事ができるのかのチェックだ。

「ふーん。意外と普通だね。せめてピッキングとかは?」

「ピッキングなんて出来る人いないでしょ、普通。」

「いるかもしれないじゃん! 試しておこうよ!」

 なんか楽しんでないか?

 完全にお泊り会気分だ。どちらかといえば犯罪に近いことをする予定なんだが。

 学生が学校に潜入してたくらいなら、さすがに学校内での重たい処分の範疇だとは思うが。

「ダメだよ。そこまで突飛なこと考え始めたらきりがない。普通の高校生はピッキングはしない」

「はい。すいません」

 流石に冗談だったらしい。

 素直に引き下がってくれた。

「まだ完全下校時間までかなりある。どっかで時間潰そうか」

 ということで、またしても喫茶「ハナアカリ」に来ている。

 今日は空いている。

 帰宅部は帰り、部活動に所属している人はまだ学校にいるような、中途半端な時間だからだろう。

「いらっしゃ……。また君たちか。」

 昨日の今日なので、流石にセクハラをしてこない店主。

「今日は奥の方の席がいいんですけど」

 計画の段取りを話そうと思っているので、聞かれたくないのだ。

「あぁ、もう、好きにどうぞ」

「ありがとうおじさん」

 若菜さんの中で店主の呼び方が「おじさん」に固定されたらしい。

「今日はなに食べようかなぁ」

 昨日のパフェとコーラが相当幸せだったようで、目をキラキラさせてメニューとにらめっこしている。

「決めた! パンケーキにしよ。フワフワなのかな? 秋月くん知ってる?」

 甘いものは好きじゃないので分からない。

「なんとなくフワフワしてそうだよね。でも作るのがあいつだからなぁ」

 背後から、

「誰が、あいつだ。マスターとかオーナーとかなんかそういう、格好いい呼び方しろよ」

 後ろにはクソオーナーがいた。まったく気づかなかった。

「んで? 注文は?」

「あぁ、じゃあ、パンケーキとたまごサンド、それとコーヒー。若菜さん、飲み物は?」

「コーラで」

 またコーラだ。どんだけ気に入ったんだ。

 頼んだものがパンケーキなので少し時間はかかったが、それでも退屈を感じる前には運ばれてきた。

 仕事は出来るらしい。

 計画の話をしたいところだが、まずはパンケーキを堪能させてあげよう。

「フワフワだよ秋月くん。すごい、甘い」

 幸せそうでなにより。

 若菜さんの幸せ顔を見ながら、たまごサンドを頬張る。

 やっぱり美味い。

 いや、たまごサンドが美味いわけじゃない。若菜さんの笑顔の影響だ。絶対そうだ。

 たまにはここで過ごす放課後もいいな、とか思ってない。


 パンケーキのあと、パフェを追加したりコーラをもう一杯飲んだりした若菜さんが、現実の世界に帰還したので、計画の説明をする。

「まずは教室で隠れて見回りの先生をやり過ごす。そのあと、職員室に向かう。ここでカギを盗めるかを試す。その次はグラウンドから、予め開けておいた窓を出入りできるか試す」

 あくまでも可能性の有無を確認したいだけだから、実際にやるわけじゃない。やるフリをするだけだ。

「その後はどうするの? 教室で一泊?」

 やっぱりお泊り会気分だった。

「しないよ。終わったらグラウンドから外に出れるあの路地、あそこから出て終わり。」

 花盟学園には校内の他に、外とグラウンドを繋ぐ道がある。道といっても路地みたいなもので、雑草が生え放題なせいで人が一人通れるくらいの幅しかないし、ぱっと見では通れるとも思えないような道だ。

 昇降口や校門には監視カメラがあるので、路地の方から出るつもりだ。

「基本的にシュミレーションするのは秋月くん。私は見回りの先生が来ないか見張る。それで平気?」

「大丈夫。そうしてくれるとありがたい」

 細部は戻ってから、実際に現場を見て詰めよう。

「じゃあ、色々確認したいこともあるから、少し早いけど戻ろうか」

 会計を済まし、学校へ戻った。


「よし、大丈夫そうだな」

 学校に戻ってきてまず確認したのは校門の監視カメラ。

 向いている方向からして路地は映らなそうだ。

 校内には監視カメラはほとんどないので、ここさえクリア出来れば問題ないだろう。

「おう、よく会うな。今日は何してんだ?」

 越川だ。今から帰るのようで、カバンを肩にかけている。

 バレたらマズい。なんとか誤魔化そう。

「今日ね、学校に潜入するの。すごいでしょ?」

 パンケーキとパフェとコーラ二杯飲んだことで上機嫌な上、初めての親への反抗期、初めての悪い事への挑戦、そしてもともとのお泊り会気分。

 今の若菜さんには口を滑らすための要素が、重なりに重なっていた。

「ちょ、若菜さん……? なんで言ったの、それ」

「潜入ってなんだよ。そんなことまでする気なのかよお前ら」

 越川は犯人探しに好意的ではない。

 ここで止められたらマズい。

「いや、違うよ。そういうゲームをするって話だよね? 若菜さん?」

「俺も参加する」

 今なんて?

「俺も参加させろ。元々、俺の不手際のせいでこんな事になってんだ。お前らの安全を守る義務がある」

「ホントに!? 越川くんも来てくれるの!? 楽しみだね!」

 楽しみだね! じゃない。

 様子がおかしくなってるよ若菜さん。

 実際、見張り役がいてくれると安心感はある。来てくれるならありがたくはあるが。

「でも越川って家遠いよな? 平気なのか?」

「全然平気。何時帰りでも問題ないよ。そこらへん適当なんだ、うち」

「だって! 三人の方がきっと楽しいよ。秋月くん」

 楽しさはいらないかな。若菜さん。

「じゃあ、頼む。協力してくれ越川」

「おうよ!」


 その後、越川に計画の流れを説明しながら、実際に計画をなぞって動いて、イメージを膨らませていった。

 若菜さんのためにも、越川のためにも、そして犯人のためにも、失敗するわけにはいかない。

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